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2018/07/20

ドイツで出産予定日超過、そして出産

ドイツで出産予定日が過ぎてしまった時の話です。


この時、陣痛の波はCTGで確認できるのですが、なかなかお産が始まりませんでした。


予定日当日の健診以降は2日間隔で通院することに。

2日おきの妊婦健診で、羊水や栄養供給に問題ないことが確認できると、またあさって会いましょうという日々が続きました。


~ そして出産予定日から1週間が経過 


かかりつけの婦人科で診てもらうと、

「もう明日は直接産院に行ってください」

とTransfer(紹介状)の用紙を渡されて帰宅しました。



自然にはお産が始まらないのかと思いながら眠りについた翌朝4時すぎ、何やら異変を感じました。

なんと「おしるし」が来たのです!

腹痛も前より少し強くなった気がしていました。この日はもう産院に行くことがきまっていたので、夫にも身支度を促しつつ家で過ごしていました。



8時半、いよいよ予約していた産院で受付をすませると、CTGチェック後、分娩室があるフロアに移動となりました。


このフロアの待合室で待っている間、中から絶叫する声が何度か聞こえてきたのでかなり怖かったです。


医師のチェックも受け、まだ部屋の準備ができていないから30分くらい外を散歩してくるように言われました。ちょうどお昼頃だったので近くで軽く食べ物を買って夫と2人で散歩へでかけました。



9時すぎに産院に戻ると、私たちの状況をよくしらない若い助産師さんに一度帰されそうになりながらも、無事に用意されていた部屋に到着。

服を着替えるように言われ、普通分娩用と手術用と2種類ありましたが普通分娩用を着ました。

一応無痛分娩を希望していたので、この時にもう一方を選んでおけば実現できたのかもしれませんが、子宮口が開き始めていてあまり考えてる余裕もなかったので自然な流れに任せていたら無痛分娩ではなくなりました。



16時頃、陣痛に耐え子宮口が5cmくらい(だったような)開いていると言われようやく分娩室へ移動。陣痛の波の間に移動しましたが結構大変だったような。

痛みを和らげる注射をしてもらいました。



19時すぎても相変わらずゆっくりなお産でなかなか進まず私の体力もなくなってきた頃、助産師さんにより破水、医師に陣痛促進剤を打ってもらい21時前に産まれてきてくれました。



頭がなかなかでなかったので会陰切開は2カ所、ブチブチって音が聞こえましたが痛みはあまり感じませんでした。

もう産むのに必死でそれどころではなかったです。私の場合は絶叫ではなく唸ってばかりの陣痛でした。



21時すぎ、無事に出産はしましたが、なんと胎盤が出ず手術室へ。

手術室で隣にくっつけられたベッドに移動するように言われたのですが、もう体力は限界。医師や看護師に抱っこされて移動しました。


「酸素ですよー」


と言われマスクをつけられた後から私の記憶はありません。


「おめでとうございます」


と担当してくれた助産師さんに軽く肩を叩かれ起こされたのが次の記憶です。


この間、夫は生まれたばかりの赤ちゃんの様子を動画撮影してくれていました。


手術はほんの数分で完了しており、てっきりお腹を切ったのだと思っていたのですが、お股から手術したそうで、傷口は会陰切開の2カ所と産道1カ所の合計3カ所。溶ける糸で縫合されておわりました。



これは初めての出産で、ドイツ語よりは理解に困らない英語で対応してもらったとはいえ、やはり母国語ではないので心のどこかには常に不安があったようです。しばらく身体は震えていました。


そして産後の入院生活が始まりました。


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