30代夫婦の綱渡り結婚生活
どうなる40代
ほぼずっと働いていた20代
その動きが20代後半に
いきなりプツっと切れて
働かなくなった自分を
受け入れるのに時間がかかった
主婦という事実を受け入れ
そのように過ごすことに
慣れてきていたところ
30代を迎えて
自分を客観視していくと
いよいよ40代のことを
考え始めるようになる
そこでまず思い出されるのは
孔子の言葉
30にして立つ(自立)
40にして惑わず
と、続いていく一節
たしかに研究者は
30代でようやく
自立した生活が送れるようになることも
珍しくないが
やっと自分の足で立てるようになった
研究者夫の生活力に
頼り続けるのはどうなのだろうか
やっと立てるようになったその足元は
常に綱渡り状態
いつフラフラっと
きてもおかしくない
そんな生活が続く中、
40代で迷わなくなるだろうか
もしかしたら
周りが言うように
心配しすぎなのかもしれない
2021年2日21日、日曜日の記録
*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*
早朝に起きた日にしていること
朝4時台に起きる日も
私には大切にしている
朝のルーティンがある
毎日必ずしているかと問われると
答えはNoで
朝6時過ぎに起きる日も
もちろんあるけれど
ほぼルーティン化した予定がある日は
朝早く起きるようにしている
その予定というのは
たとえば外国人研究者の話に
じっくり耳を傾けることを含む
もともと海外では
夫が外国人研究者として
苦労する姿をずっと見てきているから
母国を離れて頑張る研究者を
放っておくことは
良心が許さないようである
多岐にわたる専門分野で
日々奮闘している外国人研究者の話を聴いて
精神的に困っていることがあれば寄り添う
研究のことはよくわからないので
研究内容の話題にはまずならない
それにも関わらず
そこから学ぶことの
なんと多いことか
一般の主婦を先生と呼び
慕ってくるような外国人研究者は
私の使い方をよく心得ていると感じる
それと同時に
話を聴かせてくれる研究者側が
私にとっては先生である
中国の孔子と弟子たちによって書かれたとされる
『論語』の中にもでてくるけれど
出会う人は皆先生である
という考え方が一番しっくりくる
先生という言葉に
惑わされてはならないと自分を戒める
2020年12月12日、土曜日の記録
*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*
国が違えば、誰もが外国人になりうる
視点を変えれば、誰もが先生になりうる
研究者が辛いときは、支える家族も辛い
長く苦しい生活の、ひとつの捉え方
若手研究者が
家族を海外修行につれていくとき
家族一人ひとりが
それまでの自分を変える覚悟を
決めておけるといいのかもしれない
そう感じるくらい
私の場合、
現地での生活は過酷なものに感じられた
特に家庭を築く
大事な時期と重なったことは
待ち受ける試練を
さらに耐え難いものにした
そうして
山をひとつ越えた今なら
『論語』に登場する言行録の一部が
ほんの少し
理解できそうな気がしてくる
孔子で有名な論語の中では、
天が大役を授けようとする人には
必ず心身が苦しめられる環境が
訪れるという
さらに研妻的解釈を混ぜると、
その理由は
あえて過酷な環境に身を置かせることで
それに耐えうる精神力を引き出し
後に大きな事を成し遂げるための
原動力にさせるのだとか
儒学には
そんな精神の修行に関するお話が
たくさんあるらしいけれど
この一節を知ったときに
心身が苦しめられている研究者と
その家族のことが頭に浮かんだ
目の前の果てしなく続く長い道のり
研究者として
家族として
どこまで続けていけるのだろう
今ここで別の道を選んだら
これまでお世話になった先生方や
励ましてくれた仲間に
心底申し訳ない
けれど、もうそろそろ
限界が近づいてきたような気がする
修士ならば
企業でも雇ってもらえるかもしれないが
博士号まで取得してしまうと
企業にとっては
なかなか扱いにくい存在になるのではないか
かといって
研究と他の大事な業務と家庭との両立は
戸惑うことが多い
散々もがいたあと
いずれその長期的な苦しみが
原動力となり、なにかを
成し遂げる日が訪れるかもしれない
その何かは
職業生活だけに限らない
家庭や慣れ親しんだ地域社会に
貢献するのも
立派な役割のひとつ
そんな視点をつくってみると
世界が違ってみえることもある
迷ったら
自分が大事にしている原点を
掘り返してみる
すると意外と
本当にほしいものではない事で
迷っていることに気づくかもしれない
2020年12月1日、火曜日の記録
*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*
いつまで続くかわからない道のりを、楽しむ視点は自分でつくるものなのかもしれない