お知らせ

▼研究者を支える妻の会「研妻会」Webサイト

▼「研妻会」インスタグラム気まぐれ更新中

ラベル 傾聴 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 傾聴 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021/07/31

研妻が読書から学ぶこと・研妻哲学416

アナログ読書から得る、リアルなコミュニケーション


研妻的傾聴の活かし方


長めの海外生活で
日本語の活字ロスだったせいか
帰国してからは
渡航前よりも
本を読むようになった気がします。

そこで最近気づいたのは
著者が意図した言葉の本当の意味を
わかったつもりが、わかっていなかったこと。

そのことに気づいたのは
同じ著者の本を読み始めて
4冊目に入ってからでした。

このとき、以前受けた傾聴の訓練を思い出しました。

度々ひとつの言葉を丁寧に深堀するのですが、
その言葉の意味合いは、
発信する相談者側と受ける側で異なるので
同じ感覚に近づけるよう、寄り添っていくものでした。

ところが本を読んでいると当然ながら
一方通行の会話しかできません。

それはそれで楽しいのですが、
言葉の意味を大枠では理解できていても
深い根の部分に相違があることを
やっと4冊目で知ることができたのです。

人の五感から得られる情報は
その人にしかわからないものです。

同じものを見ていても、
同じように見えているとは限りません。

私は海外の方のお話を傾聴する機会がありますが
前述のことを外国の人だけでなく、
子育てにも活用するようになりました。

カウンセラーは本来、
家族はカウンセリング対象外になりますが
幼い子どもと大人とでは
背景にあるものが違うという意味合いで
異文化的コミュニケーションが
発生することがあると、個人的に思っています。

子どもが「イヤイヤ」と騒ぐとき
その「イヤ」がどんなイヤなのか
寄り添ってみると落ち着くことがあります。

話を訓練時に戻すと、
同席者の中には長年
企業の人事などをしている方も多かったのですが
そういった方々に
「威圧感なく純粋にきいてくれる」
「向いている」と教えていただき、
今も細々と研鑽を積んでいるところです。




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



本で出会う人は、時に実際に出会ったかのようなインパクトを人生にもたらしてくれるのかもしれない




2020/06/10

研妻哲学149・謙虚な対話で問題を把握する多文化対話。ソクラテスに学ぶ

多文化対話の初回面談

この日は初めてお目にかかる
日本在住の外国の人にオンラインで
話を聴かせてもらった

相手側の対話の目的を
カウンセリングでは来談目的と呼び
実際に話を聴く中でカウンセラーが
みつけた本来の目的を主訴と呼ぶ

この来談目的と主訴は
一致することもあれば、
しないこともある
そして、短い時間では
みえてこない場合もある

今回はいま困っていることを、
家族のためにどうにかしたいから
私に相談したいということだった

けれども話を聴かせてもらううちに
家族のためだけではないことが
トンネルを抜けるようにみえてくる

聴く側が謙虚な姿勢で対話を
重ねることで、相手の抱えている想いに
複数の角度から対峙できるようになり
全体像が薄っすらと姿を現す

これは自分で考えることを重視した
ソクラテスやプラトンの教えの基本にも
当てはまるようだ

対話の最後に
本当にありがとうと感謝されると
至らないことが多い未熟者でも
少しは相手の心に寄り添う事が
できたのではないかと思える
2020年6月10日、水曜日の記録



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


新しい出会いが、新しい学びを運んでくるのかもしれない






・参考文献
書名:教養としての哲学
著者:小川仁志
出版社:PHP研究所
発行年:2015年




2020/06/08

研妻哲学147・言語が思考に与える影響。外国人が日本語を学ぶと?

日本語を学ぶと、行動が変わる

家事や育児の合間に、
ライフワークを通じて外国の人々と
オンラインで対話を重ねていくと
非常に勉強になることにでくわす

海外の人が日本語を学ぶことで
人を思いやる気持ちや、共感する
気持ちを学んだという

そしてそれが相手を喜ばせる
自発的な行動へと繋がった話を
聴かせてもらった

そのような考えに至る
素晴らしい人物だと
改めて敬意の念を抱くとともに

日本語特有の
空気を読む
言葉の力

日本人のおもてなし精神や
ホスピタリティの源に
触れられたような気分に浸った

海外生活では常々
言語を学ぶことは文化を学ぶことだと
感じていた

私の場合、学んだ傾聴の力を
外国の人々との対話で活かす際に
彼らにとって母国語ではない日本語で
話しを聴く場合と
日本語以外の共通言語で話を聴く場合とで
それぞれの言葉の力による影響を
少なからず受けていることに
気づかされる

まさに言語が思考に与える影響といえる

カウンセリング技法に関する
日本語で書かれた本を多く読み、
実際に合格した試験もあるけれど
それだけでは外国の人々と対話をする上で
本当に意図する意味合いを理解するには
まだ何か足りない点があると実感している

たとえば相手が日本人の場合と
そうでない場合、同じように言葉を
返しているつもりでも
言葉の届き具合が全然違うのである

その答えと自分なりの対応を探るべく
早速、傾聴に関する洋書を注文した
2020年6月8日、月曜日の記録



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


語学は行動を変えるのかもしれない