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2018/10/09

研究者夫に海外帯同する妻。定年退職後のような生活

海外で研究者(ポスドク)として働く夫に帯同する妻の立場になってわかったこと、感じたことを書いていきます。


研究者である夫を持つ妻もまた研究者である場合が多いのですが、わが家は違います。妻の私は畑違いの業界出身のため、あくまでも「妻が研究者でない場合」と認識いただければと思います。



置かれた状況に気づくまで

さて、夫についていくために日本での仕事を辞め、慣れ親しんだ環境や人々から離れて身一つで乗り込んだ海外生活


それはまるで「定年退職後の生活」のようでした。


実際の定年の年齢まではまだまだなので、想像上の話ではありますが、それまで私という人格を形成してきた環境から離れ、未知の土地で強い孤独感と喪失感を味わうこととなり、後にこれが仕事をバリバリしてきてリタイアした人々の心情に似ていることに気がつきました。


これは仕事が好きで、仕事の他に趣味をあまり持たない人に多いそうです。


現代では平均寿命が延び、定年退職する前に趣味を持つことを促す情報も目にします。そしてセールス業など何歳になっても働ける仕事が徐々に増えているそうですね。


たとえば、70代のセールスウーマンが長年自分の活躍してきた業界に現役で関わることを生きがいにしているというニュースも見かけました。



実際に当時の私はこれといった趣味を持たず、仕事が好きで、空いた時間にも仕事に繋がるような学びを継続することが趣味のようになっていたので、、、

もしこのまま本当のリタイア生活に突入していたらと思うとちょっと怖いです。



海外帯同をきっかけにライフスタイルを見直すことができて良かったのですが、このような当時の私の仕事中心の生活が災いし、海外の小さな田舎町に引っ越した当初は日々の生きがいを見失っていました。


(今これを読んでくださっているあなたが、もしも私と同じような状況でしたら、ぜひ気をつけていただければと思います)


日本から海外への引っ越しに関する手続き等がひと段落すると、ますます生活にハリがなくなってしまいました。


新しい職場があり、新しい同僚がいる夫を羨ましく思ってしまったのも事実です。




その後、乗り越えるまで


それからしばらくは、その土地で私でもできる事を模索し、色々挑戦してきました。


ところが何をやってもいまいちピンとこないのです。相性が合わないといった方が伝わりやすいのかもしれません。


もちろん言葉の壁もあるので、現地の言葉を学ぶべく語学コースにも参加しましたが、なんだか心は落ち着きません。


その原因は、どこに行っても「よそ者」の自分から抜け出せなかった点にありました。


つまり、手当たり次第挑戦しても常にアウェイで戦っているような状態で、日本で築き上げたある程度のキャリアと呼べるものを基盤とした「自分の居場所」というような安住の地はどこにも見つからなかったのです。


現地の人と接しても、

現地に住む日本人と接しても、

現地に住む移民の人と接しても、



「何者でもない自分=よそ者の自分」でしかなかったのです。



そうしてもがいているうちに年月が経ち、家族が増え、自分のライフスタイルをもう一度見直すタイミングがやってきました。


子供が保育園・幼稚園に通うようになると初めて「親である自分」が確立され、ようやく自分がこの土地に根付き、受け入れられたような感覚を味わうことができました。



更なる悩み

ひとまず妻という立場の他に、母親という顔も持てるようにはなったのですが、やはり趣味のように没頭できる仕事を求めてしまう自分がいました。


ただ、現実的に考えると身近に頼れる身内もおらずに小さい子供を抱えてフルタイムで共働きすることを選択肢に含めることはできませんでした。


そして夫が研究者を続ける以上、今後も引っ越しが続くことが予想されます。


たとえ運よくパートタイムで仕事に就けたとしても、短期間で辞めることになっては周りにも迷惑がかかります。


幸いにも元同僚などから仕事の話はもらっていましたが、家族みんなで一緒に暮らすには諦めなければなりませんでした。