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2020/06/10

研妻哲学149・謙虚な対話で問題を把握する多文化対話。ソクラテスに学ぶ

多文化対話の初回面談

この日は初めてお目にかかる
日本在住の外国の人にオンラインで
話を聴かせてもらった

相手側の対話の目的を
カウンセリングでは来談目的と呼び
実際に話を聴く中でカウンセラーが
みつけた本来の目的を主訴と呼ぶ

この来談目的と主訴は
一致することもあれば、
しないこともある
そして、短い時間では
みえてこない場合もある

今回はいま困っていることを、
家族のためにどうにかしたいから
私に相談したいということだった

けれども話を聴かせてもらううちに
家族のためだけではないことが
トンネルを抜けるようにみえてくる

聴く側が謙虚な姿勢で対話を
重ねることで、相手の抱えている想いに
複数の角度から対峙できるようになり
全体像が薄っすらと姿を現す

これは自分で考えることを重視した
ソクラテスやプラトンの教えの基本にも
当てはまるようだ

対話の最後に
本当にありがとうと感謝されると
至らないことが多い未熟者でも
少しは相手の心に寄り添う事が
できたのではないかと思える
2020年6月10日、水曜日の記録



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


新しい出会いが、新しい学びを運んでくるのかもしれない






・参考文献
書名:教養としての哲学
著者:小川仁志
出版社:PHP研究所
発行年:2015年




2020/05/09

【研妻哲学117】就職活動がうまくいかない、正しく評価されない時

うまくいかない、評価されない

就職活動がうまくいかない
第一志望の採用試験に落ちる
第一志望の職種に就けない
面接で何回も落とされる
なんとか就職したものの、
評価制度が曖昧で居心地が良くない

どれも経験して言えることは
たくさん受かる必要などなく
どこか1社に受かればいいのであって
落ちた回数と同じ数だけ悲しむ
必要はないということ

なんだか結婚のようだけれど
その1社が見つかるかは相性なのだということ

逆に落ちたら相性がよくなかった
ことがわかってよかったと思っても
いいくらいだということ

そして人事評価で居心地の良くない思いを
する時はたいてい人間関係に不穏があるとき
なので、自分と相手の評価が異なっている
ことが浮き彫りになっているだけであり
仕事に対する評価と、自分の内面への
評価は切り離しておくといい

たとえ仕事が評価されなくても
自分の内面や存在価値はそもそも評価の
対象外なので相手にあれこれ言われる
ことではなく、自分で判断すれば良いこと

仕事への評価が腑に落ちなくても
相手は自分と違って当然と思えば
納得できる部分もでてくる可能性がある

相手の自分に対する評価が、
いつも正しいとは限らないことは
よくあるのだろうと思うし
日本の哲学者も断言してくれている

ほかに不況といった自分の力では
どうにもならないことで
苦労することもある

就職難で希望職種ではないけれど
置かれた場所で奮闘してみたら
誰かが認めてくれた
なんてこともある

やっと評価してもらえる仕事に
出会えたと思ったら、
結婚相手の都合で退職することに
なることだってある
退職してしまえば、そもそも
評価制度なんてものはないので
その制度があるだけでもありがたかった
ことを実感させられることもある

どんな状況にせよ、向き合うべきものは
選考結果ではなく人事評価でもなく
今この瞬間を生きる自分




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


哲学者の言葉が、救世主になるかもしれない





・参考文献
書名:哲学人生問答 17歳の特別教室
著者:岸見一郎
出版社:講談社
発行年:2019年






2020/04/22

【研妻哲学100】緊急事態宣言15日目。毎日哲学した感想

自分なりに毎日哲学すること

全国緊急事態宣言6日目の今日
2020年1月から開始した「研妻哲学」が
ついに100回目を迎えた

100回記念として、
「自分なりに毎日哲学する」ことに
ついて触れていきたい
あくまでも「自分なりに」である

もともとは研妻精神として始まったが
日々の何気ない出来事や思ったことを
私の人生観を交えて毎日更新していく
うちに、哲学していることに気づき
その後は研妻哲学とすることにした

正直なところ、100日目を
緊急事態宣言下で
迎えることになるとは
微塵も思っていなかったけれど
予想外のことが起こるのが人生である

毎日欠かさず続けて感じるのは
自分なりに考え抜くことを
積み重ねてきた重み

単なる自己満足に過ぎないが
「塵も積もれば山となる」の
チリツモ思考で、何でも
重ねれば重くなるものだと感じている

そして毎日自分なりに哲学して
良かったことは、
悩む回数が減ったこと

無駄に悩まなくなった
と言うべきところだが
悩むことにそもそも無駄が
あるとは言い難い

なにか悩み事がでてきたとき、
過去にも同じようなことで
悩んだ経験があると
過去にアウトプットされている
自分なりの考え方を振り返ることで
案外すっきりすることもある
という意味で、
悩む回数が減るのである

たとえば、家事育児などに加えて
やるべきことが多すぎるようなとき
もっとゆっくりしたいけれどできない
という悩みがでてくる

そんなとき、
「やるべきことがある」ということは
「やるべきことがない」より
よっぽどましである
ということを過去の自分の言葉から
拾い上げることができるので

このように過去の出来事に遭遇した自分と
その時に記録した言葉を振り返ることで
目の前にやるべきことがある状況と
やるべきこと自体に感謝の気持ちが
わいてくるようになる

ちなみにこれは海外での帯同生活で
経験した喪失感から得た人生観であり、
既に記録済みだ

こんなふうに過去に悩んだことに対して、
再び悩まなくて済むようになる
という事に気づき始めた
「研妻哲学」100回目

ぜひ自分なりに考え抜くことを
積み重ね、いつかその重みを
感じとってもらいたい
と誰かに勧めたくなるほど
毎日哲学することは
今この瞬間を生きることでもある

今この瞬間に心にわいてくるものは
哲学だけにとどまらず、カウンセリングでも
大切にされている



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



毎日哲学することの醍醐味は、今この瞬間を生きる自分を噛みしめることかもしれない





2020/04/11

【研妻哲学89】緊急事態宣言4日目。ベーシックインカム

ベーシックインカムと未来の幸せ基準

哲学的には、幸せの基準が
お金の人は幸せになれないらしいが

仕事がいつまで休みになるかわからず
収入源を失うことで自分の一部を失い
お金が入ってこない不安を抱え
幸せが遠退いているように感じる人もいる

そんな現実を目の当たりにすると
ベーシックインカムの概念が頭をよぎる
そして再びお金がなかった時代に
想いを馳せるわけだが

不幸せを感じる人が増えると
おそらく治安がわるくなる
数年前のドイツがまさにそうであった
大勢の難民移民を受け入れ、
不安に耐えられなくなった人々が
暴徒化した
その後も対立する立場同士のデモが
時折続いており、市民にその都度
注意が促されている

日本とドイツの国民性の違いがあるにせよ
このように不安から暴動が起きるのは
心理学的にもいえることである

そんな経験から、ベーシックインカムは
少なくとも治安維持の側面で
その存在感をますのではないだろうか

怠けてしまうのではないかといった
声が聞こえてくるが、地震などの自然災害が
多いとなると、その存在感を尚更
眩しく感じるだろう




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



ベーシックインカムによって哲学的な幸せの基準を持つ人が増えるかもしれない