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2021/05/15

緊急事態宣言と親子の学び宣言・研妻哲学411

親子で机に向かう時間


幼児の学びと親の生涯学習


子供たちが机に向かう時間が
ほんの少し
確保できるようになってきた近頃

子供が机で何かに夢中になっている間
親の私は隣でなにをしようか
という新たな考え事が浮上

子供が机に向かうのは
そんなに長い時間ではないので
海外ニュースをチェックしたり
音楽を聴いたり
読書したりして
呑気に過ごせればいいのだけど

私が横でニュース映像を流したり
音楽を聴いたりすると
もちろん子供も観たがり
本を読んでいると
本に関する質問が飛んでくる

それはそれでいいのだけど
せっかく机に向かって椅子に座り
好きなことに集中しているので
できればそのまま
子供自身の世界に没頭してほしいし
邪魔はしたくない

そこで少し考えて
私も子供と同じ姿勢で机に向かい
何かを学ぶことに

スピード感を持った学びより
ゆっくりじっくりできる
学びの方が好みなので

子供の脇でサポートしながらでも
できそうなことを見つけて
ゆるりと生涯学習する
と、密かに家庭内宣言発出

以前から生涯学習に触れてはいたけれど
今回は内容と気持ちを新たに
子供に軸を置いて再スタート

家庭で生涯学習宣言をだしてみると
それに関わる準備もみえてきて

子供たちの準備にプラスされる

妻としてのサポートに
母としてのサポートが加わり

これから親子で机に向かう時間が増える

2021年5日15日、金曜日の記録




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



緊急事態宣言下の家庭において、生涯学習宣言を出してみてもいいかもしれない




(追記)
生活スタイルの変化に伴い、しばらくの間ブログの更新回数が減りますが、受けとったメッセージはこれまで通り確認させていただきます

子供の成長に合わせてまた回数を増やせればと考えています!






2021/01/27

宣言の延長の可能性について感じる事・研妻哲学380

緊急事態宣言が延長される可能性


覚悟はしていたつもり


前回の宣言と同様に
今回も延長になるんだろうな
くらいの
軽い覚悟はしていた

そうして実際に
延長論が強まりつつある

延長されてしまうと
さらに帰省できないと感じる

親も子も、
遠方にいる祖父母も
ストレスという一言では
表現しきれないくらい
かなり複雑な心境

それだけでなく
最近は自分を含め
周りの人も
その複雑な思いを
うまく隠して
普段通りの
挨拶を
かわしているようにも感じられる

2021年1月27日、水曜日の記録



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



普段通りの中の、ほんの少しの違和感が本心かもしれない





2021/01/20

地方の暮らし。前回の緊急事態宣言との違い・研妻哲学373

2020年春の緊急事態宣言との違い


幼稚園、図書館の状況など


前回の緊急事態宣言で
わが子の通う幼稚園は休園になり

その分
夏休みが一気に短縮されたが

今回、宣言がだされても
幼稚園に通うことができている

さまざまな行事は中止になったけれど
通えるだけありがたい

さらには
前回、宣言と共に
急に休館した図書館は今回
休むことなく開館している

休館しない代わりに
本の貸し出し期間を延長して
来館者数を減らす試みがなされている

近所では
居酒屋がランチタイムに
お弁当の販売を再開

時短営業に関する
様々な報道を目にしているせいか

お店の前を通るだけで
前回よりも複雑な気持ちになる

つい最近、下の子を連れて
買い出しのついでに
居酒屋弁当を実際に買ってみたら
なかなか美味しかった

公園の駐車場は
前回は閉鎖されたが
今回は閉鎖されないようだ

いずれにしても
子供たちは元気に遊ぶことができる

前回中止された乳幼児の健診も
今回は無事に実施された

マスク生活が日常になり
引出しの中のマスクの数が
いつの間にか増えた

買い物にいくと
見慣れないマスクケースや
マスク専用の洗濯ネットなど
やたらとマスク関連商品が
目につくようになった

2021年1月20日、水曜日の記録




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



マスク生活もそんなにわるくないかもしれない







2021/01/18

家庭で子供のキャリア教育?健診で仕事を学ぶ・研妻哲学371

下の子の乳幼児健診に同行した上の子


健診に関わる職業を学ぶ


前回の緊急事態宣言で
前回の乳幼児健診が
中止になっていた下の子

今回も
もしかして中止?
と、思ったけれど

中止の連絡もなく
実施されることになった

ただ
実施時間が
ちょうど上の子の
送迎の時間と重なるのが問題

悩んだ結果
上の子を連れて行くことにした

どんな職業があるのか
この際、学んでもらおう
というのが理由

医者、保健師、栄養士など

健診に関わる人の職業を
子供が知る良い機会になればと思い
送迎時間を調整して
当日、一緒に会場へ向かった

その際
「家に帰ったら
学んだお仕事で
ごっこ遊びをしようね」
という約束をした

実際の健診は
流れ作業で
スタッフは自己紹介などしないので

たぶんこの人は保健師で
あの白衣を着た人は医者で
といったように
ざっくりとしか
把握できなかったけれど

どんな職業が現在あるのかも
よくわからない子供にとって
ちょっとした
キャリア教育になったかもしれない

2021年1月18日、月曜日の記録



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*




長距離走の育児、たまには自己満足もいいかもしれない










2021/01/17

子供の連絡帳から未来が消え、過去の記録ノートになった話・研妻哲学370

幼稚園や習い事の連絡帳


就学前の子を持つ親が、先生とやりとりするノートの話


新型コロナが騒がれる前

園児のわが子が接する先生と
連絡帳を通して
やりとるするとき

親側から書くことは
普段はあまりないのだけれど

たとえば下の子の健康診断が
上の子のお迎え時間と重なる場合

事前に先生に相談したうえで
決まったお迎え時間を
連絡帳にメモして共有するような
ことがあった

保護者側から記入するのは
わが家の場合
そういった場面くらい

そのような親発信の場合、
子供の先生とやりとりする連絡帳は
そんな未来の約束事とも呼べる予定を
お互い把握しておくものだった

それが普通だった

ところが今年は
もう予定は予定でしかないことを
痛いくらい
よくわかっているし

予定が直前まで
確定しないこともある

そのため
未来の約束事は
口頭でのやりとりに
とどまることになった

というのも
前回、下の子の健康診断は
緊急事態宣言が出された影響で
中止になっており

今回もまた
緊急事態宣言がでたことにより
直前まで予定が確定しない

連絡帳はもっぱら
先生による子供の様子を
記録した内容に変わった

つまり
わが子の連絡帳から
未来の予定についての
やりとりがなくなり、
過去の記録専用ノートとなった

2021年1月17日、日曜日の記録




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*




人の役割も変わっていくのだろう







2021/01/14

海外での帯同生活とコロナ禍の自粛生活、その共通点(個人的な話)・研妻哲学367

海外帯同生活と自粛生活が似ている


新型コロナ時代と海外帯同の共通点


研究者夫の仕事が
海外に決まった数年前から
現在に至るまで

私個人の生活は
さほど変わっていない点がある

帯同生活といっても
よく耳にする
駐在の方々とは若干立場が異なる

語弊があるかもしれないが
仮に経済的にも
駐在が華やかなイメージだとすると
研究者の海外移住は
かなり地味な部類に入ると思う

という前置きが醸し出す通り
ここから先は
ヨーロッパの冬の空のように
どこか薄暗い雰囲気の中で
読んでもらえると
より一層伝わるものがあるかもしれない

要するに言いたいことは、
生活環境(住む国)は
大きく変わっても
中身(暮らし)はさほど
変わっていないのではないかという事

新型コロナの感染拡大が
はじまる前から

海外で
帯同生活していた時期から

そもそも
日本の家族や友達には
会いたくても会えない

祖父母に会うのも
年に1回会えれば
かなりいい方

それまで就いていた仕事は手放し

正規雇用の仕事は諦めた

妊娠・出産の数年間は
遠出を我慢

医療機関を受診するときは
目に見えない壁がたくさんあり

交友関係がごく限られた生活

こういった点だけに目を向ければ
個人的な私生活は
大きくは変わっていないようにも
捉えられる

そのため
海外で私が経験した帯同生活と
コロナ禍の自粛生活は
似ているように感じられなくもない

もちろん
私とは状況が異なる方もいる

もちろん
新型コロナの
人の生死が関わる点は
大きな違いだ

今回の着眼点はそこではなく
視点をかなり低くした

あくまでも
私個人の生活において

かつ
その私生活の
帯同生活と自粛生活において

似ているところを
いくつか発見しただけ
という話

これまでは
「海外生活どうでした?」
と、聞かれると

「つらい」の一言で
返していたけれど

その辛さがどんな辛さか
さらにもう一言加えて
説明できるようになった

ちなみに
いま現在まで
その辛さが
続いているのかと問われたら
そういうわけでもない

今後はわからないけれど

新型コロナが始まる前から
既に自粛生活に近い
暮らしぶりだったので
単純に慣れてしまったのと

遠い昔に
一通り打ちひしがれ
自分なりの打開策を
手に入れていたからだと思う

首都圏に続き
緊急宣言がだされた

2021年1月14日、木曜日の記録



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



今度、「海外生活どうでした?」と聞かれたら、「自粛生活のようでした」と、答えればいいのかもしれない



(新しい共通言語を手に入れた気がする)




2021/01/08

緊急事態が解除されたら、孫の顔を見せに帰省したい話・研妻哲学361

首都圏に再び緊急事態宣言


落ち着いたら実家の祖父母を孫と訪れたい


実家のある首都圏に
再び緊急事態宣言が出されることになった

1年以上
帰省できていないので

そろそろ孫を連れて訪れたいところ

そんなタイミングで再び続く
帰省自粛に
外出自粛に
時短営業

マスクで口元を隠して
外を歩く人は
なんてことない顔つきに見える

けれども実際は
さまざまな感情が渦巻いている

2021年1月8日、金曜日の記録



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



緊急事態宣言の発令で試されるのは、人の倫理観かもしれない






2021/01/07

幼児とステイホームを楽しむ、水鉄砲の計算ゲームとパズル遊び・研妻哲学360

首都圏の緊急事態宣言が決まるとされる日


わが家のステイホーム遊び


引っ越しを繰り返していると
前の家にはあったオモチャが
今の家にないことも多い

わが家の場合
それは水鉄砲

今の家に住むようになってからは
初めてとなる水鉄砲を
たまたま100円ショップで見つけて
買うことにした

ちなみにドイツで水鉄砲が
3個で100円で売られているのは
見たことがない

日本の物価というか
100円ショップの凄さを感じた

その晩

子供たちと早速
お風呂で遊び始める

的は私

両方向から水がとんでくる

お腹も背中もくすぐったい

慌てて的の代替案を提案することにした

お風呂のタイルに貼ることのできる
かけ算シートを
湯船の置かれていない方の
壁に貼って準備完了

私が言う数字を
水鉄砲で狙うゲームにした

下の子はそれで良かった

上の子は物足りない様子

そこで
たし算と引き算の
簡単な問題をだして計算させるという
ワンステップを急いで追加

答えを水鉄砲で当てるゲームにした

子供でもわりと
達成感が味わえるようで
思った以上に夢中になっていた

お風呂上がりには
子供の歯科検診の帰りに
立ち寄った書店で購入した
パズルにしばらく没頭

わが家に新しく加わった
ステイホーム遊びのメモとして

2021年1月7日、木曜日の記録




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



子供の相手をするのは、どこまでも続く線路のように先が見えないけれど、それがいいのかもしれない








2021/01/05

日本とドイツ、博士号の捉え方。アジア人の距離の取り方を考える・研妻哲学358

日独、博士号取得の人との距離の取り方


書き言葉と話し言葉で異なる関係


ドイツではメールの署名や
封書の宛名だけでなく
家の表札にまで
Dr.やMedといった
学歴や医者である事がわかる肩書きを
名前の頭に記載する人が多い

メールの署名を見ただけで
その人が博士号を取得しているのか
修士の人なのか
学部であれば
どんな分野の学部を卒業したのかが
ひと目でわかるようにしておくよう
上司から指示されることもある

そんな外的要因を並べると
学歴社会なのか?
人との距離の取り方に厳しいのか?
と思いきや

実際に人と対面する際には
そういった肩書きの違いによる
距離を感じることは
ほとんどない

それは外国人としてドイツに滞在する
日本人の私にとって
最初は戸惑いつつも
だんだん心地の良いものに
変わっていった

ちなみにドイツ語には
日本語の敬語にあたるような
非常に丁寧な言い回しが存在する

これは日本以外の国において
とても珍しいこと

たいていは
丁寧語はあっても
敬語がない場合がほとんどである中

ドイツ語には
敬意を表す表現が数多くある

日本と同様に敬語を使うドイツ

よく日本人の気質と
ドイツ人の気質が似ている
といわれるが、その背景は
歴史的な部分以外にも
そういったところに
隠されているように感じる

ところが、
似ている点がある一方で
全然違う部分がある

それは
先生を先生と呼ばないところ

そして
上司を呼び捨てにするところ

たとえば
夫がドイツの研究室で
働いていた時
上司のことは呼び捨てだった

周りの同僚も同じように
目上の人を呼び捨てる

仕事の相談をしたいとき、
上司に話しかけるときに
敬称をつける人はいない

英語圏もそうかもしれない

私が一時通った大学の語学コースでは
教授を先生と呼ぶ代わりに
日本語の「さん付け」にあたる
呼び方が使われていたけれど

後に夫の研究室付属の
ドイツ語コースに転校したとき
博士号を持っているドイツ語の先生は
呼び捨てで呼ばれていたので
私も同じように呼び捨てで
会話させてもらった

このように
書き言葉では厳密に違いがわかるのに
話し言葉になると違いが隠れる

話しているだけでは
全然わからないので
書けるときにはきちんと書いておく

そんな流れや気持ちが
署名や表札に
あらわれているのではないかと
個人的に感じるものがある

例外として補足すると
ドイツ人同士だともっと厳しく
敬語か丁寧語かタメ語か
どれを使うか迷う場面に
たくさん遭遇するらしいけれど
日本人という外国人の私に
厳密な違いを求めてくる人はいなかった

ちなみに冒頭で書いた
家の表札に肩書きをつける人は
博士号か医者の人しか
まだ見たことがないけれど

表札に含めるほど
ドイツでは博士やドクターを持っていると
インパクトが強い

ポスドクをしてから
普通に企業に就職するのは
日本よりも一般的だという印象を受ける

さらに視点を移動させると
アジアの中でも日本語は
そういった面では距離をとりやすい
言語だともいえる

中国語や韓国語には
親しくなった家族以外の人を
家族であるかのように呼ぶ
呼び名がたくさんあり
敬語がない分
距離を縮めやすい言語だとも
捉えられるからだ

こんなふうに早朝から
言語の違いによる
人との距離について考えてみた

2021年1月5日、火曜日の記録



(時事メモ)
首都圏にまた緊急事態宣言がだされるかもしれない



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



言語的・文化的違いがある人を、根っこから理解しようとしたら、相手の言語について学ばないとならないのかもしれない



言語や文化が異なる相手を、理解したと思うのは勘違いである場合が多いのかもしれない





2020/05/22

【研妻哲学130】宣言解除で心は軽く、身は重く慎重に

緊急事態宣言が
北海道や関東は月末には解除するとみられ
関西はついに解除された

解除が向こう側からやってくると
やはり気分が違うもの

緊急事態宣言がどれほど重かったのか
思い知らされる

自分では大丈夫と思っていても
精神的な負担は潜んでいるのだと
思い知らされる

誰かに「大丈夫?」と聞いて
「大丈夫」と答えられたとき
本当に大丈夫なのか
改めて考えてみてもよさそうである

宣言解除の方向で心は軽くなるけれど
身は慎重に動かすべきだと思われる
2020年5月22日、金曜日の記録


言語化されない気持ちにも
目を向けられるような
優しいおばあちゃんになりたい



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


言葉の裏にある気持ちは、読み解かれないものなのかもしれない




2020/05/13

【研妻哲学121】外出自粛の散歩。自動販売機から学べること

緊急事態宣言が出される前

まだ日常の生活様式に大きな変化が
訪れる前は、自動販売機で何かを
買う機会が少なかった私たち親子

それが一変

外出自粛で小さな子供を連れて
買い物をしずらくなった今

自動販売機の存在のありがたみを
感じている

公園や近所を散歩している途中に
小さな子供たちと一緒に
気軽に買うことができる

店内に入る必要がないだけでなく
子供たちにとって、自動販売機で
何かを買うこと自体が
ちょっとしたイベントになっている

子供たちにとっての非日常のようである

あちらこちらに自動販売機がある国は
おそらく日本くらいではなかろうか

海外生活で見かけた自動販売機は
駅構内や屋内に限られ、たいていは
鎖に繋がれていた

鎧のような柵をまとっている
自販機にも出会った

鎖に繋がれず、鎧もまとわず
外の空気を自由に吸える
自動販売機がある国に
昔の人たちが残してくれた安全な暮らしを
未来を生きる子供たちに
引き継ぎたいものである




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


私たちの暮らしは、今は生きていない人たちにも支えられているのかもしれない


今を生きている私たちは、まだ生きていない人たちを支えることができるかもしれない





2020/05/08

【研妻哲学116】休校延長の影響。家庭学習教材まで品薄に

長引く自粛生活で、家庭で学習できる
身近な教材までもが品薄状態

書店だけでなく、100均のものまで
棚にあるはずの本やポスターが
お店によっては見あたらなくなり
幼児向けの学習ドリルも
残り少なくなっていた

マスクや消毒液に加えて、子供の
家庭学習用の教材までもが
こんな事態になるとは
何が起こるかわからないものである

ますます予測が難しくなるこれからの社会

店頭になくてもインターネット上に
教材はたくさんあるし
なければ作るという楽しみもある

どんな学習スタイルが子供に合うのか
これからの未来に合うのか
模索する日々が続く2020年5月8日




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


これまでが足りすぎていたのかもしれない




2020/05/07

【研妻哲学115】宣言延長で登園日が来園日に変わった園児たち

登園日ではなく来園日

春休みとゴールデンウイークの区別が
つかないくらい長い休園が続いている
園児のわが子

ついに登園日という存在が遠のき
来園日と呼ばれるものに
様変わりしてしまった

登園してお友達と一緒に
保育室で過ごすのではなく
ただ来園して先生から絵本などの
モノを受け取り、すぐに帰宅するという日

そんな日が、なんだか哀愁を放っている

このもの悲しさは、近所のご年配の人にも
共通している

隣に住むおばあちゃんは、新型コロナの
影響が強まる前と今では別人のようである

わが家が海外から引っ越してきた直後
たまたま近所のお店で見かけて立ち話を
したのをきっかけに、顔をあわせる度に
よく子供たちにも優しい言葉を
かけてもらっていた

遠く離れて暮らす実家の祖父母に代わり
身近で子供の成長を一緒に喜んで
くれているような、心温まる存在

ところが今となってはマスク越しに
間隔をとって会釈するだけの間柄となり
やはり寂しさは拭えない

身内がいない海外生活においても
周りのお年寄りの優しさに
助けられてきたわが家

若者に優しい気配りのできる
おばあちゃんに、私もなりたい

理想のおばあちゃんを目指して
研鑽していく2020年5月7日




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


自分で決めたことに自分なりに向き合っていくのもいいかもしれない





2020/05/06

【研妻哲学114】宣言延長で問われる存在価値。対話の栄養不足

緊急事態宣言の最終日となるはずだった
2020年5月6日
現実は甘くなかった

特定警戒都道府県に住んでいるわが家は
宣言延長が当然のことのような状況

まだ宣言がだされる前、
ある試験の受験を申込んでいたけれど
日程が近づくにつれてウイルスの影響が
色濃くなり、本来なら返金されない
受験料も今回は特別に
戻ってくるということでキャンセルした

次はいつ受けられるかわからない事態になり
本当に必要な受験だったのか
今一度、試験の価値が問われている

これはよく言えば「洗練」
少しよくない言い方だと「淘汰」である

そんな言葉遊びはほどほどに
波はあといくつくるか
わからないけれど、ひとまず収束後に
向けて準備するときが来たように思う

未来を見据え、未来を生きる子供と
一緒に学べるものと出会えたら
自粛生活の鮮やかさが増すだろう

たくさん学んだ子供は将来
多くの役割を担っていく
役を演じるとも捉えられる

よく人は演じて生きていると
言われている
これは役者に限らない

たとえば職業であれば
警察官は警察官役を演じ、
看護師は看護師役を演じ、
店員は店員役を演じて働くことで
社会は成り立っている

家庭であれば最初は子供として過ごし
成長して親になれば親を演じる

役割の数はひとつに絞るより
複数ある方が健全な精神を保ちやすい
ことは前にも触れた通りであるが 
演じる時間が長くなるほど
演じる必要のないふとした瞬間の
素の部分の重みが増してくる

演じるためと、素の自分のため
その両方にバランスよく栄養を
行き渡らせるのは案外難しいかもしれない
どちらも対話という食べ物を咀嚼するから

子供が健やかに成長するには親だけでなく
祖父母や学校、地域社会の人たちとの
対話も欠かせないと考えているが
自粛生活でその機会が奪われ
対話による栄養が不足しがち

且つその対話の栄養は体と同じように
噛むだけでは吸収されないのである



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


人は演じて生きる、生き物なのかもしれない





2020/05/05

【研妻哲学113】母の日ギフトを子供と準備。新型コロナにどう配慮

母の日と新型コロナ配慮

最初の緊急事態宣言から28日目
日本全国の緊急事態宣言から19日目

昨日が月曜で、今日が火曜ということを
忘れてしまいそうなゴールデンウィーク

母の日が近づいてきた

毎年何がいいのか頭を悩ませる
母の日ギフト

ふと昨年家に祖父母が遊びに
来たときに美味しいと言っていた
名産品を思い出す

早速準備に取りかかる
それと一緒に孫から何かもらったら
嬉しいだろうと思い、
文字の練習も兼ねて祖母宛に
簡単なメッセージをわが子に
教えながら書かせることにした

ちょうどお気に入りのシールを
貼りたがっていたので
書いたメッセージに貼って
孫によるデコレーションもできた

おやつ休憩を挟んで
時間をかけて練習した結果
書けるようになった揺れているような
文字が色とりどりのシールに意外と合う

だんだん上手に書けるようになってきた
ことを孫も自覚し、喜ぶ様子から
小さな達成感を味わえたことがうかがえる

プレゼントに孫のメッセージをつけて
あとは配送の手配をするだけ

ただでさえ新型コロナウイルスの影響で
大変な状況にあると思われる
配達してくれる人のことを想うと
仕事が集中するであろう母の日に
日付指定するのは忍ばれる

どんな配慮や心配りがいいのか
二重に頭を悩ませる2020年の母の日準備

こうしてまた何気ない1日が過ぎていく




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


何気ない1日はプレゼントより重いのかもしれない







2020/05/04

【研妻哲学112】スマホでオンライン帰省。スマホ発売延期の影響

オンライン帰省の試み

最初の緊急事態宣言から27日目
日本全国の緊急事態宣言から18日目

宣言が延長される
特定警戒都道府県のわが家

テレビCMでも近隣の県が
都道府県をまたぐ往来をしないように
呼びかけてくる

ということで、オンライン帰省を
することになった

グループ通話を開始したものの
海外にいる時から使っている
古いスマホなので、すぐに熱をもつ
充電もなくなる

子供が久しぶりに祖父母と会話し
グループ通話にはしゃいだ
最初の30分以降は
充電をしながら、保冷剤をスマホの
背面にあてての帰省となった

新しいウイルスがもたらす
新しい帰省スタイル

ちなみに子供が生まれる前から
使っているスマホは、本来であれば
既に新しくなっているはずだった

今使っているボロボロのスマホは
春に発売予定の新しいスマホに
変わっているはずだったのだけれど
外出自粛の影響もあって
発売が延期されている

新しいスマホ用に用意したカバーだけが
手元に虚しく残る

延期が延期を呼ぶ2020年5月4日



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


「ないものはない」と割り切ることも大事かもしれない




2020/05/03

【研妻哲学111】欧州の夏のような日本。海外ポスドク夫、家電なし生活の思い出

海外ポスドク夫と夏の思い出

最初の緊急事態宣言から26日目
日本全国の緊急事態宣言から17日目

気温が上昇し、春を通り越して
夏が来たような暑さの日本

まだ夏本番ほどの湿気がないので
ヨーロッパの比較的カラッとした
夏が思い出される

海外ポスドク研究者の夫に帯同して
ドイツで一番長く住んだ家には
冷凍庫がなかった

近所のスーパーで大きめのアイスを
買ったあとは急いで
食べきるしかなく、最後にドロドロの
アイスをスプーンですくっていたのも
今となっては良い思い出

当時ないものは冷凍庫だけでなく
電子レンジもない
トースターもない
炊飯器もない
テレビもない
という「ないない生活」だった

夏の暑い部屋で、お鍋をぐつぐつさせて
吹き出る汗と一緒に溢れるお湯を眺めながら
お米を炊いたこともある

妻の私は早く日本に帰りたかったので
いつ日本に帰ってもいいように
物をなるべく持たないようにしており
家具家電は揃えていなかった

この時はいつ日本に戻って生活できるか
未定で、1年後になるかもしれないし
2年後、または3年目以降になるかもという
状況から、常に仮の住まいに身を置く生活

家電は必要最低限のまま暮らす方が
身動きがとりやすいと判断し
不便でもさほど苦には思っていなかった

冷凍庫、あったらいいなーくらいの
軽い感じでいる方が現地に縛られず
精神的にも気楽に過ごせた

きっと真逆の人もいるだろうが
私の場合は根無し草スタイルの方が
居心地よく感じていた

早く日本に戻りたいけれど
海外で頑張る夫について現地での
生活をまっとうしなくては、という
心の負担を、物を持たない生活に
置き換えることで、少しでも心の重荷を
軽く感じたかったのだろうと思う

私なりのバランスの取り方だった

その頃に比べれば今は自粛とはいえ
エアコンと炊飯器が欠かせない日本で
かなりまともな生活が送れている

日本で新たに借りた家で
海外修行時代にエアコンがなく、
ただただ暑さに耐えていた日々を
懐かしく感じながら
エアコンの掃除を始めた夫

そんな夫を横目に私は
子供たちの相手をしながら
ダイニングテーブルを片付ける

折り返し地点に来た
ゴールデンウイーク中のわが家の1日は
こうしてまた過ぎていく

日本の今住んでいる土地の
夏のうだるような暑さが
今からちょっと恐ろしくなる
2020年5月3日の記録




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


不便や物足りない生活の捉え方は人それぞれかもしれない






2020/05/02

【研妻哲学110】独ルフトハンザと日ANA、子連れ飛行機の記録・乳幼児2人

ルフトハンザとANA

最初の緊急事態宣言から25日目
日本全国の緊急事態宣言から16日目

日本の緊急宣言が1か月延長される
と言われている

そんな状況の中、
つい数年前までわが家の帰省に
欠かせなかった航空業界の
緊迫感が伝わってくる

ドイツのルフトハンザも多額の
公的支援を求めているらしい

日本からドイツへ引っ越す際は
ANAだったが、ドイツから日本に
引っ越してくる際は
ルフトハンザにお世話になったわが家

当時ANAはバシネット
(ベビーベッド)の料金が
航空券に含まれていたように
記憶しているが、ルフトハンザは
追加料金が必要だったので、
ドイツの家で引っ越し作業に
追われながら、ルフトハンザに
電話で問い合わせた

ドイツ語で問い合わせる自信は
なかったので、英語対応してくれる
担当者に繋がるまで多少時間を
要したものの、担当者に繋がったあとは
比較的スムーズに座席とベッドの予約、
追加料金の支払い手続きが完了した

搭乗当日は子供たちに
飛行機のぬいぐるみや、塗り絵の
色鉛筆までプレゼントしてくれて、
子連れに優しい印象を受けた

バシネットを設置するため
一番前の座席を指定するのは
ANAもルフトハンザも同じだが
座席の広さは圧倒的に
ルフトハンザの方が広かった

広いのは座席だけでなく
乳児を寝かせるバシネットも
大きかったので、窓際に座る
大人が通路に出るのが大変だった

ANAは子供のベッドも小さいので
大人の移動も比較的しやすい

ルフトハンザではバシネットに
下の子を寝かせ、座席の
前のスペースで上の子が多少
遊んで過ごすことができた

乳幼児との飛行機移動は
何をしても大変なものだけれど
座席の広さをとるか、
移動のしやすさをとるか
お好み次第といったところ

ドイツでわが家がよく使っていた
空港は、道路沿いにルフトハンザの
黄色い旗が靡くフランクフルト空港

ドイツといえばルフトハンザ
ルフトハンザといえばドイツ
といったように脳裏に強く
紐づけられている

そんな航空会社が(航空業界に限らず)
ほんの数年で様変わりしたことを
改めて身近に感じた
2020年5月2日の記録

行きたいところには
行っておいた方がいい
会いたい人には
会っておいた方がいい
という昔の人の教えが
心に鳴り響く




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



行きたいところに行けて、会いたい人に会えていた日々の重みを感じるための、非日常なのかもしれない









2020/05/01

【研妻哲学109】緊急事態宣言と休校さらに延長。育児への影響

宣言延長で長引く外出自粛の子育て


一部地域の緊急事態宣言から24日目
日本全国の緊急事態宣言から15日目

全国で宣言が延長される方向らしい

そんなニュースに続いて
子供が通う園から、お休みの延長を
知らせるメールが届いた

未就学児2人と外出を自粛する生活が
長引くことになるお知らせ

さらに続いて、申し訳なさそうに
優しそうな担任の先生から
直接電話がかかってくる

資料の受け取りで顔をあわせたのは
1度だけの先生が、電話越しに
子供にも少しだけ挨拶してくれる
優しい先生の声を聞いた子供は
早く先生と遊びたいと言い出す

緊急事態宣言下の
特定警戒都道府県のわが家の1日は
こうしてまた過ぎていく

ゴールデンウィークが始まった
最近のわが家周辺への影響としては
家から少し歩いた先にある
比較的大きな公園に
朝の時間帯から人の姿をよく
見かけるようになった

公園の駐車場は鎖が掛けられ、
車で来ることはできないので、
近所の人々が思い思いに過ごす
場所となっている

この町から出ない生活が
子供のストレスにならないように
考えながら過ごす日々

この際、小さい子供たちの写真を
毎日たくさん撮って記念にしようか

普段着ないような素敵な子供服を
着せて、家の中で過ごすことで
気分転換させようか

食事の準備はやってみたいと言うので
料理は既に手伝わせているし
あとまだ試してないのは裁縫くらいか

といったように、親の想像力が
試されている気分
幼い子供よりも親に影響しているような
そんな感覚

そろそろ臨時休館中の図書館の本を
返却箱に入れていかないと

結婚してからずっと車のない生活をしている
私たち夫婦にとって、1度に大量の本を
背負って返却することは足腰の
負担になるが、図書館の休館も
延長となればまた返却日も
延長されるのだろうか

延長が延長を呼ぶ、2020年5月1日




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



親子で想像力を鍛える時期なのかもしれない





2020/04/30

【研妻哲学108】緊急事態宣言23日目。秋入学、9月新学期と

秋入学、9月新学期という選択肢


最初の緊急事態宣言から23日目
日本全国の緊急事態宣言から14日目

全国に宣言がだされてから
2週間が経った

最近の日本は9月入学とか、
9月から新学期とか
そんな選択肢が浮上している

ちょっと前に夏休み短縮の
覚悟をしていたところに
新しい風が吹いた

ゴールデンウィークも
変化、変化の非日常が続いている

非日常が日常の今
旅行に行かなくても非日常を
味わえている
そんな日々

もともと旅行することが
日本ほど一般的ではない
国も世界には存在する
そんな国に生まれていたら
今の状況をどう感じるだろう

そんなふうに考えていると
物理的な移動はできなくても
思考は旅することができるような
気分になれる

アメリカの研究にあったように
ウイルスが高温多湿に弱いとしたら
秋という時期がどう影響するのか
考えてしまうけれど、時期を問わず
オンラインという形であっても
何かしら「始める」ことに
意味があるのだろう

子供の始業式は既に延期が
繰り返され、なかなか「始める」ことが
許されない現状
先生方も大変な思いをしているはず

秋入学・9月新学期になってもならなくても
目の前のことに淡々と向き合う今

ふと子供が通う園からもらっていた
4月の予定表が目にとまる
本来であれば今月は始業式だけでなく
家庭訪問や保育参観が
予定されていたと書かれている

半年後の2020年9月に
実現となるのだろうか

予定はあくまでも予定である2020年
何が起こるかわからない2020年
秋の景色はどんな色合いの絵になるだろう



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



向き合うべきものがあると、振り回されないのかもしれない


体は移動しなくても、思考は旅を続けられるかもしれない