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2022/07/25

【国立大学】女性大学教員の結婚。別居婚か退職?・研妻哲学455

日本の国立大学の女性教員が結婚するための選択肢


別居婚か退職か(外国人材の場合)


かれこれ3年くらい
定期的にコミュニケーションをとっている
優秀な女性研究者がいる

オンラインで出会った当時、
彼女はまだ独身で
日本の国立大学に教員として
研究室に勤務していた
(夫とは全く関係のない研究室)

外国人材の大学教員かつ女性というのは
非常に珍しく、
そんな素振りは見せないけれど
どこか孤独感を抱えているようだった

彼女とはすぐに打ち解けた

実際に直接会ったことは一度もないけれど
お互い慣れない土地で暮らしているせいか
お互い同じような疎外感を
日々の生活から感じとっていた

彼女と話していると
よく中国の哲学者の言葉を思い出す

「優秀である必要はない、酷使されずに済む」

彼女は非常に優秀でなんでもできるが故
さまざまな仕事が降ってくる

時にはそれがプレッシャーになっていた

そうしてついに
結婚のタイミングが訪れた

選択肢は2つ

日本を離れて母国で結婚生活を送るか
日本の大学に残り別居婚になるかだった

彼女は大学を退職し、
研究室のポストも手放し
母国での新婚生活を選んだ

こうしてまた
優秀な女性研究者が
研究の世界を去っていった

研究者に別居婚が多いのは
こういった理由も含まれる

どんな選択をしても
本人の幸せに繋がるのだろう

未来の研究者の世界は
今より出戻りやすくなっているのではと
期待する2022年夏の記録



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学* 



研究者は優秀になるためではなく、幸せになるために勉強するのかもしれない




2022/07/17

任期付き【大学教員】研究者夫、研妻の子育てあるある話・研妻哲学454

地方の大学教員に帯同する研妻の育児あるある


近所は大学関係者だらけという現実


まだ都内に住んでいた20代の頃

街を歩けば大勢の人が行き交い

知り合いの顔をみつけるのは
至難の業だった

ところが、
夫の海外ポスドク生活が始まると
環境は一変

最初に住んだのは
ヨーロッパの山奥(斜面)

夜は人どころか
街灯も少ない

日中に街の中心地へ行けば、
必ず誰か知り合いに遭遇する

そんな生活に
最初は戸惑いを隠せなかった

その後、帰国して始まったのは
地方での慣れない子育て生活

ここでもまた
近所を歩けば
ほぼ毎回、知り合いに遭遇する

そしてついに、
予想していなかった出来事が起きた

子どもが「習いたい」というので
近所のプログラミング教室を訪れると
(私にとっては)衝撃的事実を聞かされた

なんと子どもの習い事教室の先生が全員
夫が働いている大学の人たちだったのだ

それに気づくと、
一気に
全身に緊張が走る

心の声1
「なんという事実だ、
 失礼がないようにしなくては」

念のため、キャンパスの場所も確認した

心の声2
「なんと全員、夫と同じキャンパス・・!」

まさか
このタイミングで「実は夫が、、」とは
切り出せない小心者の研妻の私

「あ、そうなんですね〜」と、
戸惑いをどうにか隠して
マスクの下になんとか笑顔をつくり
「今後ともよろしくお願いします」とだけ返し
子どもと家路についた

【1】講師陣が全員
 間接的にお世話になっている

【2】子どもが習いたがっている

ふたつの現実と向き合った結果、
どうやら通うことになりそうだ

通わない理由が見当たらない

正式に申し込む時は
手土産を持っていこうか悩む
2022年7月の記録


*研妻の素朴な疑問*

研妻の皆様は、
パートナーの研究関係者に
プライベートで遭遇したら、
どんな対応をしていますか?



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学* 

オンラインでいつでも海外と繋がることができる時代に、リアルでローカルなお付き合いができるのは幸運かもしれない







2020/02/02

【研妻精神20】ポスドクから大学教員になった研究者夫の人間性

研究者と研究者を支える人々を応援する「研妻精神」 #20

2020/2/2



レストランで一緒に

アルバイトをしていた

大学生の頃

まだ彼氏彼女になる前




彼はお店のおしぼりや

ストローや紙ナプキンの

補充をひとりで行っていた



その場には彼しかいない

補充しなくても

他の人がしてくれるかもしれない

誰も見ていない

誰も指示していない

彼がやらなくてもいい仕事




たまたま遅いシフトだった彼女は

出勤直後に

そんな光景を目の当たりにした




その7年後

海外ポスドク時代

まだ着任したばかりで

どこに何があるかも

手探り状態だった頃




ある日

研究者夫の帰りが遅かったので

あとで理由を聞いてみた




夫はこう答えた

「研究室の備品の補充をしていたんだ」





*淡々と現実を受け止める、研妻精神*



次に使う人を思いやる気持ちはボーダレス


誰も見ていないところで、存在感は増すのかもしれない






2020/01/30

【研妻精神17】海外ポスドク研究者夫のその後

研究者と研究者を支える人々を応援する「研妻精神」 #17

2020/1/30


博士課程を卒業し

ポスドクとして修業を積んだあと

すんなり助教や准教授になる人もいるが

わが家の研究者夫は苦労した



海外でポスドクとして働いていると

日本国内の情報が入りにくいうえ

日本での就職

ポジション探しに不利だ

という事に気がづいたのは

ずいぶん後になってから



そんな中、海外に住みながら

なんとか日本での面接まで

こぎつけた事があった



小さい子どもを連れて

家族みんなで一時帰国し

面接当日を迎えた



滞在先の研妻の実家で

朝から着なれない

スーツを身にまとい

普段の山奥での生活では

履かないような革靴を履いて

面接に臨むポスドク研究者夫



面接当日、

研妻は最寄り駅までベビーカーを押して

駅の改札で子どもと一緒に

研究者夫に手を振り

背中を見送った



結果は海外に戻ってから知らされた

「不合格」の通知

最終選考で落ちた



そんな経験があったので

海外ポスドク研究者が

大学教員として日本へ戻る道が

かなり険しいことは

研妻も痛いほど肌で感じていた



このまま一生海外で過ごすか

日本で生活するために

夫に新しい仕事を探してもらうのか

色々考えて

もう限界だと

何回も思った



限界を感じながら

悶々とした日々が数年続いた



もうそろそろ年齢的にも

難しいな

そろそろ潮時かな

と限界を感じていたころ


大変ありがたいことに

大学教員(研究員)として

雇ってくれる大学と出会えた



*淡々と現実を受け止める、研妻精神*


どうなるかわからない未来に向かって、失敗してもギリギリまで続けてみることは本当に大変だけれど、真の限界は案外その先にあるのかもしれない