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2023/01/13

【夫】研究者になったことを後悔する瞬間・研妻哲学462

博士課程の頃は気づかなかった、研究者の苦労


研究者夫を持つ妻、家族の未来を考える


わが家の研究者夫とは
大学の学部時代からの付き合いになる

博士課程の前期、後期と
長い長い学生時代には気づかなかった苦労に
30代の今、対峙している

ほぼ匍匐前進の状態で
茨の道を進み
ポスドクを経て
なんとか大学の研究職に就いたものの
任期満了が近づいてくる

次、引越す時は
子どもの転園・転校がもれなくついてくる

なかなか落ち着けない環境に
たまに弱音を吐く研究者夫

自ら選んだ道ではあるけれど
やっぱり後悔する瞬間はあるみたい

本当に一瞬だけど
住みたい場所に住めないストレスを感じると
そんなふうに思うみたい

仕事がなければ
次の契約がなければ
住む場所も定まらない

研究者になったことを後悔する瞬間といえる

博士課程の頃は
幼い子どもを養いながらの
落ち着かない生活までは
考えていなかったらしい

もちろん研妻の私も
まさかこんなに長い間
落ち着かない生活だとは想像していなかった

かれこれ10年以上が経ち
結婚生活11年目になっても、
学生結婚で経済的な不安があった新婚時代のように
定住しないホッパー生活

そろそろ単身赴任もいいかな
そろそろ別居婚もいいかな

考えるだけで、実現までの道のりは遠い



この際、ブログのタイトルを
「研妻のホッパー結婚生活」にしてみるのも良さそうだ

余談:

ドイツでは「ホッパーチケット」と呼ばれる
旅人向けの割安鉄道チケットをよく買っていた




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学* 



結婚10年以上でも、新婚時代と変わらない「ホッパー生活」

「変わらない」ってある意味すごい、と言い聞かせてみるといいかもしれない




2022/12/15

海外研究者夫の帯同妻が、本帰国後に誤解されやすい事・研妻哲学461

海外ポスドク研究者夫の帯同妻が帰国後に感じた違和感


研妻の本音


海外ポスドク修行を経て
本帰国した後に感じた違和感を記録

「あ、もしかして誤解されているかも」と感じた瞬間


引越し後の生活で出会う人たちと
会話の自然な流れで引越しについて聞かれ、
「海外から引越して来ました」と答えると
「いいな」とか
「すごい」とか
ポジティブに返してもらえる事が多く
華やかなイメージを持たれやすい

ポスドクがニッチな領域であるため
誤解が生じるのかもしれない

それでも実際の生活は
なかなか悲惨なものだったので
誤解を解いて、
あまりいい事ばかりではないことを
どう伝えるか
考えてきた

海外ポスドク帯同生活を
一言でいえば、
「辛い」ですよ

と、切り返して
一般的な駐在といかに違うかを
説明したこともあった

どの方法が最良かは
いまだにわからない

けれども、
幸いなことに
誤解が何か問題につながったことはないため
誤解されるだけなら
その誤解を解く方法を
ただ模索すればいいのかもしれない

これが万が一、周りの人たちとの間に
亀裂を生むことになれば
見直さなければならないだろう



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学* 



誤解されるより辛いことは、線を引かれることかもしれない




2022/12/13

「助教の妻」と「海外ポスドクの妻」の違い。研妻目線で・研妻哲学460

海外ポスドクのその後「任期付き助教(大学教員)」


研妻が考える「助教の妻」と「海外ポスドクの妻」の違い


これまでをざっと振り返ると、夫が
大学の学部生時代に出会い
大学院の博士課程の学生だった頃に結婚し
博士PhD取得後、すぐに海外ポスドクとなり
帰国後に任期付き助教となった

お互い大学生だった頃は
夢にも思わなかった人生を歩んでいる

まさか大学院に進学するとは
まさか学生結婚(夫)するとは
まさか海外移住するとは
まさか海外出産するとは
まさか本帰国できるとは
まさか日本の大学で働けるとは

まさかのオンパレードである


このブログを開始した当初のことを
まだ覚えている

当時、海外ポスドクに帯同していて
何かと疎外感を覚えることが多かった

人生の主役が、自分ではなく夫になったかのようだった

そこで気晴らしにスタートしたのが、このブログ

海外ポスドク修行を全うして
無事に本帰国できるのか、
ハラハラドキドキの海外生活を
「今しか書けない」こととして
記録することにしたのだった

不本意ながらも
夫中心の生活になってしまった海外ポスドク時代から
帰国した今
何か変わっただろうか

相変わらず
住まいは夫の任期次第

振り回される相手が
私だけだった時代が過ぎ去り
子どものことも考えなければならない

それでも嘆くまい

インターネットには
アカデミアに残ることや
ポスドク、研究者との結婚がいかに
茨の道で、酷であるかが
ありありと書かれているものが多い

そんな中、わずかばかり
ほっこり落ち着くような話題を届けたい

なぜなら
嘆いている時間がもったいないから

自分ひとりの力では
到底変えられないものを
変えたいと思うことは
当然だけれど

そればかりでは
時間がいくらあっても足りないから

どんな道を選んでも
ある程度、大変なことは避けて通れないから

どの道を選んでも
どのみち大変なことに遭遇するなら
今この道を
どっしり歩いて行きたい

そう思える余裕が
心の隙間に
ほんの少し芽生えたことが
研妻の私にとっての
「海外ポスドクの妻」と「助教の妻」の違い

海外ポスドク時代、
そんな風に思う余裕は一切なかった

常に暗闇の中を
迷い、彷徨い、這うように生活していた


闇が多少明けた今も
相変わらず、
次の職場は未定だ

任期が切れた後
次の仕事がないことは
我が家にとって、もはや当たり前のこと

次の仕事がないのも
実験がうまくいかないのも
「はいはい、いつもの事ね」
「いつも通りね」と、

わりと
いつも
こんな感じの会話も
当たり前

人生は「まさかのオンパレード」なのだから
次はどんな「まさか」に出会えるのか
「研妻会」の仲間と一緒に楽しみたいものである




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学* 



誰かの当たり前と、あなたの当たり前は、違って当たり前かもしれない




2022/08/26

研究者との結婚10年はどんな感じ?・研妻哲学458

研究者夫との結婚生活10年目

ふと気がつけば、あれから10年
うっかり忘れそうになるほど
人生に溶け込んだ結婚生活

実際はどんな感じか、妻目線で記録

すっかり忘れていたけれど、
2022年は結婚して10年の節目の年

特別なことは何もしていない

もともとサプライズとか
プレゼントとか
そういった類のものを
してくれる人ではないので
「何もない」のが当たり前

しかも結婚して10年が経つことを
思い出したタイミングが
科研費の申請の時期と重なってしまった

科研費の申請といえば、
毎年「研究者夫を悩ませるもの第1位」である

いつもより若干
ピリピリムードが漂う

それでも彼なりに適応しているようで
10年前の大学院生時代に比べたら
かなり落ち着いたピリピリである

10年前、研究者夫が
まだ博士課程の彼氏だった頃、
論文の締め切りが迫ると
それはそれは、激しくピリピリしたものだった

10年前はよく締め切り前に
小さな喧嘩をしていた

それが年々、
ピリピリしても結果が変わる訳ではないと
悟ったのか

20代のピリピリと
30代のピリピリは
大きく異なることがわかった

こんな感じで、
結婚10年目の話なのに
科研費の申請に追われる夫のピリピリ感しか
出てこないという現実



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学* 



何もない毎日が、幸せなのかもしれない




2022/06/07

元青年海外協力隊【研妻会】代表メンバーNagisaさんインタビュー・研妻哲学450

【研妻会】代表メンバーのNagisaさんへ単独インタビューの記録


研妻会の活動のひとつに
「研妻ラボ」という
試験的に
様々な活動に挑戦するプロジェクトがある

今回は研妻ラボ・プロジェクトの一環として
研妻会代表メンバーにインタビューを実施

研妻会のグランマ(おばあちゃん役)を
名乗っている筆者としては、
このインタビュー・ブログを通して
何かと不安定で不確実性の高い
研究者との結婚を迷われている方々に
ほんの少しでも
寄り添う事ができたら幸甚である

研妻会の誕生


研妻会の誕生は、
Nagisaさんとの出会いから始まった

Nagisaさんの存在がなければ、
研妻会は存在しなかった

なかなか理解を得にくい研究者生活
  • とにかく長い学生(修士・博士)生活、奨学金
  • 不安定で先の見えない(と言われる)ポスドク
  • 覚悟を持った海外研究留学、帯同生活
  • 職を得ても任期付きの大学研究員、研究所員

これらを妻(パートナー)の立場で
経験するとなると
想像を超えるものがある

日常生活で出会う人には
話せないことも多い

研究者の夫を持つ妻という
少数派の私たちにとって
研究者の家族特有の悩みを
共感し合える研妻会は
「私はひとりじゃない」と、実感できる
癒しのような活動拠点となっている
(と、グランマは信じたい笑)

研妻会Nagisaさんとの出会い


前置きが長くなったけれど、
筆者(Minae)がNagisaさんに
初めてお会いしたのはコロナ禍で
パンデミックが続いていた2020年

アメリカと日本を
オンラインで繋ぐかたちで実現した

ちょうど2020年は、
朝のルーティンとして
毎日1ブログ、研妻哲学を
内容の一部にカウンセリング技法を用いて
日頃の出来事から感じたことを
あくまでも個人的な「人生観」という意味で
「哲学」として記録していた

かなり個人的な内容であったため
まさか日本から遠く離れた海外で
拙いブログの文章を読んでくださり
共感までしてくださっていた方がいるとは
夢にも思っていなかった

初めてのオンライン対面は
いつも以上に緊張していたことを覚えている

実際にお話を伺ってみると
青年海外協力隊(JICA)として
発展途上国の開発に貢献されていたと聞き
一気にNagisaさんの魅力に引き込まれていった

しかもアメリカ在住なので
英語の方が得意なのかと思いきや
当時はスペイン語の方が堪能だとわかり
とても才能に溢れる魅力的な人だと感じた

あれから月日が流れ
2022年となった今回は、
そんな素敵なNagisaさんへ
改めて単独インタビューをさせて頂いた

ひとりでも多くの研妻仲間の心が
ほんの少しでも軽くなることを願って
ここに記録しておこうと思う

研妻会Nagisaさんへのインタビュー内容


研究者の旦那様との出会い


まずはNagisaさんと旦那様の出会いから

研妻哲学ブログでも
やはり「出会い」の記事は
ずっと人気である

という事で
読者の皆様が最も気にされるであろう
出会いの話題から触れていこう

なんと
お二人とも青年海外協力隊(JICA)だった!

とのことで、ご夫婦揃って
なんて素敵なんだろうと
ため息がでそうなくらい
尊敬の念を抱いている

そして
青年海外協力隊
行き着くまでの課程にも
敬意を払いたい
(いずれ機会があったら詳細を聞いてみたい)

筆者は詳しくないけれど、
Nagisaさんに教えて頂いたところ
青年海外協力隊は派遣前に
グループにわかれて
研修や訓練を受けるようだ

旦那様とは、まず
そのグループが同じだった

さらには
その訓練後に派遣される国までもが
同じだったそうだ

なんというミラクル!

しかも本来なら1カ国で派遣が終了となるが
滞在先の国の治安が悪化したため
イレギュラーで2カ国目を経験することになり
この2カ国とも
たまたま同じ派遣先となった

もうここまで来ると
ベートーヴェンではないけれど
勝手に「運命」を感じてしまうのは
筆者だけだろうか


帰国後の悩み:遠距離恋愛


帰国の頃、旦那様となる彼は
大学院への進学を検討していた

そうすると必然的に
当時まだ彼女だったNagisaさんも
同じく将来の進路について
悩むことになる

  • 就職?
  • 進学?
  • 同棲?
  • 結婚?
  • 生活拠点は?

結果的には
Nagisaさんが自身のキャリアを優先することで
ふたりは遠距離恋愛の道へ進んだ


研究者あるある:節約生活


さらに驚くべき点がある

この頃から真剣に
お互いの将来を考えていたNagisaさんは
不安定な研究者生活を支えていくため
既に節約・貯金生活を
スタートさせていたのだ

これが後に
海外研究生活を大きく支える柱となる


学振:ついに結婚


若手研究者との生活が始まると
おそらく一度は耳にすることになる「学振」
日本学術振興会である

ここから予算が獲得できるかどうかで
私たち研究者家族の人生が
大きく変わるといっても過言ではない

Nagisaさんご夫婦も同じく
学振が決め手となって
結婚に踏み切った

当面の生活費が工面できるからだ

ずっと遠距離だった二人が
やっと一緒に生活できるようになった

なんだか筆者までホッとしてしまう瞬間だ


結婚後の悩み


旦那様が大学院生ということで
筆者のケースと同じく
いわゆる学生結婚(旦那様側)だった

今後の結婚生活に
不安が全くないはずがない
(ここは個人的にも深く共感できる)

だけれど、ひとまず
経済的には一定期間
生活基盤が整い、
安定させることができた


うれしい妊娠出産


そんな時、
子どもを授かることができた

ところが
旦那様は学振終了後の進路として
海外の有名大学プログラム(博士)へ
参加することが決まっていた

出産の時期が
旦那様の海外生活と重なるのだ

学生結婚の中でも
博士課程のわりと最初の頃から
子どもがいる研究者はそう多くはない

筆者の5年間の
海外ポスドク研究者帯同生活においても
Nagisaさんと似た環境の
ご家庭と出会ったのは、
日本人研究者家族であれば
1組のご夫婦だけだった

こんな時、ケースが少ないことは
何も問題ではない
というのが筆者の持論である

最も問題なのは、周りの人たちの
変えることのできない
捉え方なのだ

稀に親切心から
色々と意見してくる人がいる

こんな時はたいてい
多数派が常に正しい保障は
一体どこにあるのだろうか
と、深く考えさせられるものだ

そんな経験が
人を強く優しくするのだと信じたい

何はともあれ、
出産には一時帰国中だった旦那様が
無事に立ち会うことができた

そんな嬉しい出産の傍らで
当時Nagisaさんは
大事な身内の闘病と向き合っていた

このストーリーを聞いたとき
筆者は映画の世界に引き込まれた

Nagisaさんの背負ってきた世界が
美しいハリウッド映画のように
脳裏に映って離れない

鑑賞料をお支払いしなくては!と
思わせるくらい
感動的で
深い湖のようで
透明な涙なしには観ていられない

こうして書いていても
思い出しただけで
隠れていた透明な雫が
顔をだしてくるのだ

あまりにプライベートな事なので
ここではその詳細を割愛することにする
(筆者の自己判断)

もちろん
このインタビューブログ記事は
Nagisaさんの承諾を得たあとでの
公開となっている

もし詳しく知りたい研妻の方がいらしたら
ぜひ研妻会でお会いしましょう


ついに渡米!海外帯同生活


こんな稚拙なブログのページには
到底納まらないくらい
ドラマティックな事が目白押しの
Nagisaさんの結婚にまつわる人生

これまで
ご自身のキャリアを優先してきたけれど
家族一緒に暮らすことを選んだ結果
ついに渡米を決意!

渡米後は、
経済的な苦労と向き合いながらも
温かい家族愛に包まれた結婚生活

  • 子どもの教育(言語含む)
  • 家族設計、計画(ライフイベント)
といった
常に先がみえない生活の中に、
確かな愛情を鮮明に見ることができる


研妻Nagisaさんの強さ


これまで海外協力隊の経験を含め
わりと遠距離での生活が
長かったNagisaさん

「旦那様の仕事、キャリアを
心から応援しているため
彼の夢を叶えるためならば、
一時的に離れて暮らすことに
さほど抵抗を感じない」と言う

この感覚は
まだ筆者は味わえていないので
今後、将来的に子どもの教育を
優先させる等の理由で
遠距離や
二地域居住(別居婚)となる日が
仮に来ることになっても
Nagisaさんがいるなら
「大丈夫かも」
「何とかなるかもしれない」
と、思わせてくれる
非常に頼もしい仲間だ


研究者と結婚して良かったこと


インタビューの後半に
結婚して良かったことを伺った
  • 長期研究で不在でなければ、ほぼ毎日一緒に食卓を囲める
  • 平日に自由行動ができる日もある
  • ずっと一緒にわくわくしていられる
  • 好きな研究に没頭している姿を凄いと感じられる
  • 一緒にいられる時間の大切さを教えてくれる


心境の変化


最近は、
「悩みを悩みと思わなくなった」
と、語ってくれたNagisaさん

アメリカと日本で別居していた頃は
通勤時間のときに
よく色んな悩みを検索していたそうで
その頃に比べれば
だいぶ強くなったと自覚されている

その背景には
研妻会で出会った仲間の存在もあり
「ひとりではない」と
感じることができるからだそうだ

「奥さんが元気だと、旦那さんも安心」
という
未来の研妻を励ますような
言葉をいただいた


謝辞:読書録


誠に勝手ながら、
Nagisaさんにぴったりな詩を
ブログでご紹介して
締めくくりたいと思う

チェコ・プラハ生まれ
ドイツ語圏の詩人として知られる
リルケの言葉、名言である

「愛されることは
 ほろびること、
 愛することは
 持続すること」

「人はどんなに愛しているときも
 孤独が必要」

愛と孤独について
「人は愛する者をたえず手放し、
 自由にしなければならず、
 引きとめてはならない」

旦那様の研究生活を応援するため
一時的な遠距離・二地域居住婚に
前向きであるNagisaさんの
たくましい奥様としての姿勢が
まさにリルケの詩と重なる

2022年5月のインタビュー記録

Nagisaさん、
貴重なお時間をありがとうございました


(読書録)

書籍名:『人生の知恵 リルケの言葉』
高安国世 訳編
彌生書房、平成3年


(追伸)

結婚5周年、心より祝福します!



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学* 



心惹かれる限り、いくらでも書けるのかもしれない



2022/02/26

研妻会のおかげで新事実発覚・研妻哲学448

海外研究者夫に同時期に帯同していた


研妻会のおかげでわかったこと


書きたいことはいくつかあるけれど
今回はずっと書きそびれていたことを
書いてみる

前回のオンライン研妻会で
「もしや?」と気づいてから
なかなか話題にできずにいた

話は数年前に遡る

海外ポスドク夫と帯同生活が始まった
20代の頃

それまで慣れ親しんだ
家族、友人、仕事のすべてから離れたことで
とてつもない
喪失感、孤独感、疎外感を抱えていた

誰かに打ち明けたくても
誰に打ち明けてよいかわからず

時差のある日本とのコミュニケーションに
行き詰っていた

住まいは都市部ではなかったので
日本人も少ないうえに
経済的な不安を抱えたポスドク夫に
帯同している日本人女性というのは
非常に珍しかった

当時をわかりやすく表現するならば
少し大げさに聞こえるかもしれないが
「おそらく地獄があったら、こんな感じ」
という心境だ

海外赴任や海外転勤ともちょっと違う
海外ポスドク夫の帯同生活

行き場や居場所を見失った
最初の1年は
まさに地獄のようだった

まさか自分を表現する言葉が
「研妻」だけになる日が来るとは
これっぽっちも想像していなかった

しかもこの言葉は、
夫ありきで成り立っている

そのため、
自ら「研妻」と呼ぶことについて迷い
よく考えた時期がある

そもそも
「研妻」は私のすべてを現す言葉ではない

それでも、
住まいからライフスタイルに至るまで
結婚生活のありとあらゆる部分が
研究者夫の影響を受けているので
そういった面を表現するには
適した言葉かもしれない
という考えに至った

研妻としての存在を認めるのは
多少の違和感と葛藤があるという意味で
ある種の覚悟でもあった

海外帯同生活が
スタートしたばかりの当時は
自分のような立場の人間は
ひとりだけなのではないかと
錯覚さえ覚えた

ところが、それから数年が経ち
「研妻会」が誕生して仲間が増えると、
当時の私は決して
ひとりぼっちではなかったことが
判明したのだ

なんと
同じ時期に
同年代の
同じような境遇の研妻が
隣国にいたことを知ったのだ!

ミラクル!!

当時の私が
この研妻仲間の存在を知っていたら
99%の確率で
隣国まで会いに行っていただろう

それくらい
本当にそれくらい
重大な気づきだった

共感し合える研妻が
すぐ隣の国で生活していたのに
当時は知る術をもちあわせていなかった

それでも、
もがきながら多少なりとも
動き続けていれば
こうして出会えることを知った

この事実は、
大きな励ましである


*淡々と現実を受け止める、研妻哲学* 



さまよい動き続けることに価値があるのかもしれない





2021/12/14

海外ポスドク卒業後、大学任期雇用中の就活・研妻哲学422

海外ポスドク卒業後、大学任期雇用中の就職活動


いつまで研究者でいられるか問題


辛くて長い海外ポスドク時代を ひたすら耐え忍び
やっと帰国して大学職に就いた と思ったら
次の任期満了に向けて
再び職探しを考えなければならない

一般的な就職活動とは
ちょっと違うかもしれないけれど
わが家から夫の職探し/就職活動に関する話題が
途絶えたことがない事だけは事実である

一昔前までは
任期がないポジションが多かったようで
現在、夫より上の立場にいる先輩方の多くは
任期なし雇用のため非常に安定している

そう見えているだけで
内情はわからないけれど

子育て世代としては
引っ越しを考えなくていいのは
かなりの高ポイントになる

ほんの数年の差で
ずいぶん違う雇用環境と向き合っている ともいえる

こんなに茨の道ならば
早々に企業に就職した仲間の決断が輝いてみえる

そもそも このブログは夫が
いつまで研究者でいられるかわからないところから
始まっているので

タイトルにもURLにも
「研究者」の文字はない

単に「博士課程」を卒業したという
「博士」である事実だけに触れているのは
そういった理由からだ

妻としても 夫が研究の世界から
いつでも戻ってくる覚悟だけはできている

それでも「今 この瞬間」
研究者であり続ける以上は
応援したい気持ちだ

そんな気持ちが このブログで駄々洩れしている

 

*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


視野を狭くした方がいいこともあるのかもしれない





2021/07/22

研究者の潮時って?・研妻哲学413

研究者夫が考える潮時、引退


わが家の研究者夫の場合


最近は研究者話題からそれた内容の更新が続いていましたが
久しぶりに初心にかえって、
研究者と支える人を応援する立場から
研妻として書いていこうと思います。

このブログがどんなワードで閲覧されているか
ごくたまに確認できるのですが
そこで目にとまったワードがあります。

それが
研究者の潮時

ちょっと衝撃的ではありましたが
夫をみていると物凄く理解できる気がしてきます。

きっと夫の頭の片隅にも
潮時や引退のことが常にうかんでいるのだろうと思います。

ポスドク時代から
「一体いつまでもつか、、、」
といった悩みを抱えていましたが、
最近はもう当たり前のことになりすぎて
悩まなくなってしまいました(笑)

慣れって恐ろしいですね。

特にアカデミアとなると
一度職に就けても綱渡り状態の生活が続きます。

海外ポスドク時代をおえて
やっとこさ国内で仕事をみつけても
任期付き研究員という立場上
不安定な雇用が続きます。

そんなちょっと暗くなってしまうような環境でも
時折うれしいニュースが飛び込んでくることがあります。

何気なく報道番組を観ていたときのこと

画面いっぱいに研究者の顔が映し出され
インタビュアーからの質問に専門家として答えている人物がいました。

その番組を観ながら、

夫「あれ?この人あの人じゃない?」
妻「○○先生って、あの○○さん?」
夫「海外修行時代にご一緒した○○さんだ!」
妻「!!!!」

といった感じで、かつて少しだけお目にかかり
お世話になった研究者の方が
その頃よりもさらにパワーアップして頑張っておられる様子を
画面越しに拝見することが度々あります。

そうすると夫の場合は
「そろそろ自分は潮時かな」なんて思っていても
「もう少し頑張ってみるか」という気持ちに切り替わるようです。

私の恩師はよく
「人は人によって磨かれる」と言っています。

こんなとき、よく思い出す言葉です。



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



研究者として潮時を考えるときは、人に磨かれるタイミングかもしれない





2020/12/31

夫が研究者の妻、仕事より家庭を優先させた主婦が振り返る2020年・研妻哲学353

仕事のキャリアより家庭を選んで得たもの


家庭優先を強く意識した2020年


若手研究者と引っ越しはセット

定食メニューのおかずのように
常にくっついてくる

国内外を転々としながらの生活

そんな人と
家族として一緒に暮らすには
自分のキャリアを
いったん捨てる必要があった

過去の私は
それなりに悩んだ末
家庭を優先させる道を選んだ

2020年はその決断が
最善だったと確信が持てる年となった

ステイホーム

家で家族と過ごす時間が
長くなった今年は
家族一人ひとりの存在に
感謝する場面にたくさん遭遇した

小さな子供たちが
毎日ちょっとずつ成長していく姿を
夫婦で見つめていけたのは
家族をより強固なものにしてくれた

慣れない海外の田舎で
泣いて暮らしていた当時の私に
こんな未来がくるとは
これっぽっちも予想していなかった

こんなこともあるのかと
今年1年を振り返る

2020年12月31日、木曜日、大晦日の記録




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



日々の暮らしは、予想できないことの連続かもしれない






2020/08/09

研妻哲学209・海外研究者夫に帯同する妻の孤独と喪失感

海外帯同生活の孤独

現地で夫と一緒に暮らしていても
ひとりぼっちの孤独から
逃げきることはできなかった

家族がいても
拭いきれない喪失感と戦う日々

研究者夫が海外修行をしている間
妻はひとり置いてけぼり

ヨーロッパの照明の暗さと
見事に調和するような精神状態で
薄暗い部屋に取り残された

それはまるで
修行僧のような
外界から遮断された生活

定年退職したかのような
社会全体からある一定の
距離を置かれた生活

現地の言葉を
頭に叩き込みたくても
気力が追いつかない

何年も経った今なら
いずれ来るべき生活が
早く訪れただけだとわかる

たとえば
夢中で育児をしてきて
子供の手が離れたとき
自分をふと振り返る瞬間

あるいは
仕事に復帰できたとして
定年退職の年齢にさしかかり
第2の人生を見つめるとき

そういった人生の転機には
おそらく喪失感や孤独感を覚えるだろう

海外帯同で得た
喪失感や孤独感は
どのみち割けては通れない

学校や会社、地域社会で行われる
恒例儀式のような
日常の通過点

孤独と対峙し
自分の内面を深く探る時間は
誰にでもいつかやってくる

新型コロナウイルスによる
デジタル化についても
いずれ来るべきものが来たと
言われている

喪失感や孤独に限らず
新しいウイルスにいたるまで
予期せぬ突然の来訪者は
強いインパクトを残す

残された痛みを帯びた現実と共に
どう過ごすかに
人間性がにじみでてくる

そこに対処法があるなら
ただただ
自分の道を進むのみ

過去を嘆き、未来を憂いていては
時間がいくらあっても足りないと
やがて気づく

現在ほど大切なものはないと
先人が教えてくれる

2020年8月9日、日曜日の記録




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


強烈な来訪者が残していった現在と、ひたすら向き合っていくしかないのかもしれない






2020/05/12

【研妻哲学120】研究者夫との出会い。運命的だと言える理由

研究者夫と出会う前から
いくつか接点があったことに
出会ってから気がづいた

その接点を通り越して振り返ると、
のほほんとした研究者夫との
出会いが、運命的なものだと
後付けできそうな気がしてならない

夫が彼氏になる前よりずっと昔
まだお互いが出会う前
全然接点がない頃に、ある一定の期間
お互いの家が近かったことが
あとになって判明した

もしかしたら近所のスーパーや駅などで
すれ違っていたかもしれないし
同じ電車に乗っていた可能性だってある

二人とも気づいていないだけで
実はお互いを認識する前から
出会っていたのではないかとさえ
思えてくる

お互いの視界に入りつつも、
きっとただ気づかなかっただけなのでは
ないかと

そこでお互いの存在を認識するような
出会いが生まれなかったから
その後、大学生となった二人は
アルバイト先として同じお店を選ぶことで
きちんと出会うように仕向けられた
のではないかという不思議な感覚

まるで天から操り人形のように
操られていたのではないかという
変な考えも浮かぶほど、縁を感じる

心理学的にも、共通点が多いと
親近感や好意を抱きやすいと言われている

これを運命と言えば、ロマンチックに
聞こえるから面白い

勘違いだとしてもそう思うことで、
繋がりが深くなっていくこともある

どう認識するかで、態度が変わり
現実の景色が変化するのだろう




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


運命の出会いはあるかないかではなく、気づくか気づかないかなのかもしれない





2018/10/09

研究者夫に海外帯同する妻。定年退職後のような生活

海外で研究者(ポスドク)として働く夫に帯同する妻の立場になってわかったこと、感じたことを書いていきます。


研究者である夫を持つ妻もまた研究者である場合が多いのですが、わが家は違います。妻の私は畑違いの業界出身のため、あくまでも「妻が研究者でない場合」と認識いただければと思います。



置かれた状況に気づくまで

さて、夫についていくために日本での仕事を辞め、慣れ親しんだ環境や人々から離れて身一つで乗り込んだ海外生活


それはまるで「定年退職後の生活」のようでした。


実際の定年の年齢まではまだまだなので、想像上の話ではありますが、それまで私という人格を形成してきた環境から離れ、未知の土地で強い孤独感と喪失感を味わうこととなり、後にこれが仕事をバリバリしてきてリタイアした人々の心情に似ていることに気がつきました。


これは仕事が好きで、仕事の他に趣味をあまり持たない人に多いそうです。


現代では平均寿命が延び、定年退職する前に趣味を持つことを促す情報も目にします。そしてセールス業など何歳になっても働ける仕事が徐々に増えているそうですね。


たとえば、70代のセールスウーマンが長年自分の活躍してきた業界に現役で関わることを生きがいにしているというニュースも見かけました。



実際に当時の私はこれといった趣味を持たず、仕事が好きで、空いた時間にも仕事に繋がるような学びを継続することが趣味のようになっていたので、、、

もしこのまま本当のリタイア生活に突入していたらと思うとちょっと怖いです。



海外帯同をきっかけにライフスタイルを見直すことができて良かったのですが、このような当時の私の仕事中心の生活が災いし、海外の小さな田舎町に引っ越した当初は日々の生きがいを見失っていました。


(今これを読んでくださっているあなたが、もしも私と同じような状況でしたら、ぜひ気をつけていただければと思います)


日本から海外への引っ越しに関する手続き等がひと段落すると、ますます生活にハリがなくなってしまいました。


新しい職場があり、新しい同僚がいる夫を羨ましく思ってしまったのも事実です。




その後、乗り越えるまで


それからしばらくは、その土地で私でもできる事を模索し、色々挑戦してきました。


ところが何をやってもいまいちピンとこないのです。相性が合わないといった方が伝わりやすいのかもしれません。


もちろん言葉の壁もあるので、現地の言葉を学ぶべく語学コースにも参加しましたが、なんだか心は落ち着きません。


その原因は、どこに行っても「よそ者」の自分から抜け出せなかった点にありました。


つまり、手当たり次第挑戦しても常にアウェイで戦っているような状態で、日本で築き上げたある程度のキャリアと呼べるものを基盤とした「自分の居場所」というような安住の地はどこにも見つからなかったのです。


現地の人と接しても、

現地に住む日本人と接しても、

現地に住む移民の人と接しても、



「何者でもない自分=よそ者の自分」でしかなかったのです。



そうしてもがいているうちに年月が経ち、家族が増え、自分のライフスタイルをもう一度見直すタイミングがやってきました。


子供が保育園・幼稚園に通うようになると初めて「親である自分」が確立され、ようやく自分がこの土地に根付き、受け入れられたような感覚を味わうことができました。



更なる悩み

ひとまず妻という立場の他に、母親という顔も持てるようにはなったのですが、やはり趣味のように没頭できる仕事を求めてしまう自分がいました。


ただ、現実的に考えると身近に頼れる身内もおらずに小さい子供を抱えてフルタイムで共働きすることを選択肢に含めることはできませんでした。


そして夫が研究者を続ける以上、今後も引っ越しが続くことが予想されます。


たとえ運よくパートタイムで仕事に就けたとしても、短期間で辞めることになっては周りにも迷惑がかかります。


幸いにも元同僚などから仕事の話はもらっていましたが、家族みんなで一緒に暮らすには諦めなければなりませんでした。




2018/07/28

研究者ポスドク夫の労働時間&待遇の違い(日本と海外)

研究者(ポスドク)の夫の労働時間と待遇について、日本と海外(滞在国:ドイツ)を、あくまでも妻の目線で比較してみることにしました。




まずは海外ドイツの現状から。




海外の中でもおそらくドイツは研究者にとって優しい国上位にランクインすると思われます。



というのも、国や地域全体に学位への敬意が見受けられるからです。




博士号保持者の中には、家の表札でわかるようにしている人がいるくらいです。



実際に見かけたのは、表札の名字の前に敬称がついており、「ここは○○博士のお宅」なんだなということが一目でわかるようになっていました。




ドイツでの研究者の待遇はとても良いです。




お給料は職種や就業年数できちんと定められており、一定の期間が過ぎると増えていきます。




にも関わらず労働時間は短く、国が取得する休暇日数を保証しており、研究者がきちんと休んでいない場合はボスが罰せられるような法律まであります。




そのせいか、金曜はお昼を過ぎると人が減り、夕方にはBBQを楽しむのが当たり前のようになっている研究チームもありました。




年に数回開催されるパーティー(クリスマスなど)は家族もゲストとして集まり、子供を預けるスペースや遊び場まで用意されます。





研究者の職種も豊富です。




仕事が細分化されているためか、日本にはないポジションもいくつかあり、研究者が職に就きやすいと聞きました。





これらを日本にいた頃と比べると、、、




日本にいた頃は夫の帰りはたいてい遅く、労働時間は長かったです。




一般的なポスドクのお給料も、そんなに高くないと聞きます。




もちろん、研究者が選べる職種は海外に比べると限られているようでした。




ですがまとまった長期休暇(1ヶ月とか)を取得する文化がないため、チームで協力して研究を進めていくような場合はやりやすいようです。






妻としては、日本でも海外でも夫が元気に過ごしてくれるのが一番ですが、研究者の待遇において、日本と海外の経済の差を垣間見たかたちとなりました。



2018/07/25

研究者の妻が夫に対して気をつけている5つのコト

研究者の夫と親しくなって10年以上が経ち、日々の生活でなんとなく自然と気をつけるようになったことを振り返ってみたいと思います。



その1:他の研究者と比較しない


夫の周りには優秀な研究者がたくさんいます。


たまに周りの凄い話も入ってきます。


それでも気にしたり、羨んだりしていては時間がもったいないので、そんな話はすぐに忘れるようにしています。


もともと私は畑違いの人間のため、研究内容に詳しくはないのですが、それでも論文の数や評価といった数値で現れるものに関しては他の研究者と比較しやすくなるため、そういった数にも惑わされないようにしています。


といっても、そんな数を詳しく見る機会なんて滅多にありませんが。。





その2:発表前は夫をひとりにさせる


学会や研究室で発表することが決まっている場合、普段は温厚な人もその準備期間だけはピリピリすることがあります。


そのため、準備に集中できる環境作りとして、普段よりちょっと多く、なるべく夫がひとりで過ごせる時間を設けてあげるといいことを知りました。


そんなことを知らない当初は、不機嫌な夫をさらに不機嫌にさせてしまったこともあるのですが、最近はお互い対処法(ちょっとした気遣いなど)を学んだようで、発表前でも比較的いつもと変わらず過ごせるようになりました。





その3:社会人マナーを伝える


一般的な社会人としての常識やマナーを知らないことがあるので、それらが必要な場面で質問されたら、わかる範囲ですぐに答えるようにしています。

(聞かれるケースは急ぎの場合がほとんどです)


いわゆるアカデミックの世界のやりとりに、どこまで踏み込んでいいのかわかりませんが、その辺は夫の判断に任せています。





その4:論文をせかさない


「今書いている論文がもうすぐ出るんだ」なんて言われると、いつだろうと期待してつい口を挟んでいた時期もあるのですが、そんな会話は無駄だということを数年前に学びました。


分野にも寄りますが、論文なんて、いつ出るか簡単にはわかりません。

出るという言葉の定義も問題になりますが、ただ出しただけでは雑誌に載らないのです。

修正が必要になれば再度実験などに時間を費やすこともあるでしょうし、最終審査がいつ通るかなんて夫にはわかりません。


そのため、論文がもうすぐ世に出ると聞いても、気長に構えるようになりました。





その5:将来を悲観しすぎない


研究者は基本的に契約任期付きの仕事である場合がほとんどです。


そのため、将来が安定しないと悲観する人も多いと思います。


現実的に未来を考えるのは良いことですが、今を受け入れて毎日を大切に積み重ねる生活が私たち夫婦にはあっていることがわかったので、将来を悲観しすぎることはきっぱりやめました。





■関連ブログ


ポスドク海外研究者の妻の話(出会い~結婚)
https://nhhnlife.blogspot.com/2018/07/marriage.html



ポスドク研究者の妻が結婚して良かった理由8つ
https://nhhnlife.blogspot.com/2018/07/wedding.html



このブログについて
https://nhhnlife.blogspot.com/2018/07/myblog.html


2018/07/24

ポスドク/大学研究者夫の妻が結婚して良かった理由12個(2026年追記)

海外で研究者(ポスドク)として働く夫と結婚して良かった点を、あくまでも妻の視点から書いてみたいと思います。


ポスドク研究者との先の見えない結婚に不安を持つ方もいると思うので、良い面について触れていきます。


(更新記録) 2018年7月公開、2020年1月追記、2022年8月追記、2025年3月追記


1、家庭の用事を優先できる


子供の送り迎えや日々のちょっとした手続きなど、勤務時間がフレキシブルな仕事のため、わりと頼みやすくよく引き受けてくれます。


妊婦健診といった妻の用事にも、仕事の待ち時間などでタイミングがあえば来てくれます。もしくは仕事を調整して付き合ってくれます。



2、家族で過ごす時間が多い


滞在国や住む地域が家族優先の文化を持つ場合、仕事帰りの飲み会はほぼなく、夕食は家族みんなでテーブルを囲みます。


そして休日は家族の時間となります。家族みんなで友人家族と一緒に過ごすこともあります。


バカンスで1ヶ月以上休む人もいるくらいなので、休暇は取得しやすいです。


夫の上司や同僚もたいてい家族想いである場合がほとんどで、急な家庭の都合で休むことになっても皆とても理解があり寛大です。


3、家事・育児に協力的


夫の性格にもよりますが、家事や育児に協力的な場合が多いのではないでしょうか。


我が家の場合、産後の大変な時期は特に夫のサポートが有り難かったです。家事を一通りやってくれるだけでなく、子供のお世話にも協力的です。


妊娠中であまり動けない時期には、上の子と二人で買い物にもよく行ってくれました。



4、研究者の待遇が良い


研究者に優しい国に住んでいると、待遇が日本と全然違うことがあります。


たとえば、勤務時間は短いのに、お給料は右肩上がり(もちろん契約満了日までの話ですが)で増えていきます。


国や地域によりますが、健康保険も帯同家族全員しっかり加入でき、出産費用や子供の予防接種、歯医者なども含めて医療費はほぼ無料ということも。今住んでいる土地では、通院時に病院でお金を支払うことはありません。


5、比較的治安の良い土地に住める


海外であれ国内であれ、住む場所はだいたい大学や研究施設を中心に決めていくので、比較的落ち着いた治安の良いところに住めることが多いのではないでしょうか。


小さな子供を育てるにはとても良い環境といえます。


6、引っ越し前後のワクワク感を味わえる


契約任期つきの仕事のため、どうしても引っ越しが多くなりますが、私の場合、良くも悪くも引っ越し前後はワクワクします。


引っ越しに伴う苦労はさておき、「この機会に断捨離できる!」だったり、次の土地について調べてあれこれ妄想を膨らませるのは楽しいです。


7、妻は自分の時間をたっぷり持てる


夫が研究に没頭している間は妻の自由時間となります。


滞在国や住んでいる地域が子育てしやすい環境の場合、幼い子供がいても預け先が見つけやすく、自分の時間を持つことができます。



8、自然とシンプルライフになる


国内から海外まで何回も引っ越ししていると、「モノを持たない生活」に行き着きます。


わが家では日本から海外に引っ越してくる際、旅行用スーツケースと普段のバッグで荷造りを完了させたため、一気にモノがなくなりました。


日用品や必要最低限の家具家電は、現地調達&現地で譲るなどすれば問題ありません。モノへの執着心が自然となくなりました。



9、研究が長いほど夢みていられる時間も長くなる


長い時間のかかる研究(実験)の場合、所属先が変わっても研究の一部を連携する共同研究として継続することができるようです。

実を結ぶ日が来るまで、妻も夢をみていられます。
(2020年に追記)


10、ポスドクから大学教員(研究員)への成長を間近で見られることがある


ポスドク後の進路は、企業へ就職するか大学の研究室で研究を続けるか、大きく2つのパターンがあります。

どちらの道も研究者本人の価値観やライフスタイルに沿って選択されたのだと思うと、尊く感じられるものです。

かなり茨の道ではありましたが、海外ポスドクから任期付大学研究員へと人が成長する瞬間に立ち会えたのは、我が子の成長を見るようでもありました。
(2022年に追記)



11、夫婦の会話のネタに困らない



ずいぶん前に一度、「あれ、そういえば最近夫婦の会話が減ったかもしれない」と感じることがありました。
それは海外ポスドク修行を終えて帰国してから数年が経ち、本帰国後の日本での生活に慣れてきた頃だったように記憶しています。

生活が落ち着くと、我が家の場合は夫婦の会話も自然と少し落ち着いていきました。

ところがまたもや大学研究者夫の任期満了の時期が到来すると、再び自然と会話が増えていったのです。

はてさて次の行き先はどうするか、家族を巻き込む一大事なわけですので会話をせずにはいられません。
(2025年追記)



12、ミドルクライシスを避けられる可能性が高い



仕事人生において中年期に停滞感を覚えることをミドルクライシスと言うことがありますが、大学研究者のわが夫の場合、そもそも研究者雇用が不安定であるという停滞以前の問題があります。
もともと不安定な職種なので安定したことがありません。
そうすると常に停滞しているような感じなので、中年期を起因とした停滞感はほとんどないようです。
安定も知らなければ、停滞も知らないという夫の研究者人生は結婚生活を意外と強固にしているのかもしれません。

(2026年追記)



以上、12個挙げてみました。

ポスドクや研究者との結婚を迷っている方、研究者として不安を抱えている方、研妻会へお気軽にメッセージくださいませ。




2018/07/20

このブログについて>>

このブログは、海外で研究者(ポスドク)として働く夫に帯同している妻の、慣れない海外生活の気晴らしとしてスタートしました。


言葉や文化の壁がある中、日々手探り状態での生活ですが、


数々の小さな経験から学んだことを発信することで、ほんの少しでも誰かの役に立てたら嬉しいなという気持ちで書いています。



そしてここ数年の間、海外で研究者として頑張っている夫は、「日本に帰っても研究を続けられるのか、それとも新しい道を模索するのか」という人生の節目における問題を抱えています。



そんな切ない研究者事情も交えながら、日々の小さな幸せに目を向けて、日本人家族が奮闘する様子が伝わったら幸いです。



ー 果たして本帰国できるのか?

ー 子どもの教育環境はどうなる?

ー 夫や子どもについていく妻は?



こんな疑問が残るわが家の「博士と子ども」との生活について、これからもこのブログで触れていけたらと考えていますので、たまに覗いていただけると励みになります。



更新:2018年、のほほん妻


2018/07/16

ポスドク海外研究者の妻の話(出会い~結婚)

海外で研究者(ポスドク)として
働く夫と出会ったのは、お互い大学生の頃

▼出会った瞬間はこちら
【研妻精神13】研究者夫と出会った日、出会った瞬間

デートは図書館や公園といった
お金のかからないところばかり

街をブラブラ歩いて
百貨店や電気屋をまわったり
学生向けのレストランで食事をしたり
学園祭に顔を出したり
映画館や書店に立ち寄ったり

節約デートを重ねて
そのうちプチ旅行を兼ねて夫の実家に
遊びに行くようになり
夫の家族との親睦も深まっていく

当時は夫が博士課程に進むなんて
一切聞いていなかったので
卒業後は就職するだろうと思い込む私

お互い就職したら結婚もいいな
なんてのほほんと考えていた

なので彼が就活ではなく
進学したいと言い出した時は
寝耳に水状態

結婚のタイミングが少し延びるな
と思いつつ
研究を続けたい彼に反対するような
理由はなかったので応援することに

彼女の私は一足先に社会人となり
彼は大学に残るかたちに

私は就職して収入があるので
デートの幅を広げるために
自分が稼いだお金を使うことに対して
抵抗はなかったけれど
それを嫌がる彼

なので彼に合わせた金銭感覚で
自然と過ごすようになり
デート代はお互い平等に折半

当時は仕事先で新人として
奢ってもらう場面が多かったので
社会人とのちょっとした差は感じつつも
大きな不満はなし

そして博士課程に進んだ彼
いよいよ結婚が視界に入ってくる
博士号取得を間近に控えたタイミングで入籍





★こぼれ話、その1


初めて二人だけで外食した時、研究内容を私にわかりやすく伝えようと思った夫。


食事中の会話の途中でふとボールペンを取り出すと、テーブルに置かれていた紙ナプキンに何やら図を描き出し説明を始めました。


このときに受けた衝撃は今となっては良い思い出です。


わりと無口だった夫がたくさん話してくれるのが嬉しくて、最初のデートではひたすら聞き役に徹していたように思います。


今でも夫は何か書きたい&メモしたいことが出てくると、身近にある紙なら何でも使ってしまいます。


たとえそれがレシートでも、子供のお絵かき帳でも、トイレットペーパーでも。




★こぼれ話、その2


私が学生の頃から結婚願望があった理由について触れたいと思います。


もちろん夫という人物に出会ったのが一番の理由ではありますが、それ以前に私の脳裏に深く根付くある女性との出会いがありました。


当時、私の中で「完璧な女性」と出会ったのです。


仕事をバリバリこなし、容姿端麗でとても優しく&気さくに年下の私にも接してくれて、まさに憧れでした。


そんな女性がある日、ふとした会話の中で


結婚は「この人だ!」と思ったら勢いでした方がいい


と断言したのです。


どうやら歳を重ねると色んなしがらみが出てきて、結婚に踏み切れなくなるということでした。


当時の憧れの完璧な女性のこの言葉は、まだ若かった私に強く響きました。


そして、この女性がそういうのなら従おうと思ったのが、早々に結婚に踏み切った理由のひとつでした。




(おまけ)

先の見えないポスドク研究者との結婚に不安がある人もいると思うので、「結婚して良かった点」についても書いています。


ポスドク研究者の妻の話(結婚して良かった点)