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2022/02/07

海外育児から本帰国で戸惑い。防犯意識の違い・研妻哲学441

帰国後の子育てあるある話?


海外生活で高まった防犯意識をどうするか


幼い子どもを連れていると
大荷物をどこかへ置いて
貴重品だけ持って
子どもの後ろ姿を
追いかけまわすことがよくある

地域の子育て支援センターや
入園前の親子学級など
幼い子どもにつきっきりになる場面は多い

そんなとき
ふと周りのお母さんを見渡すと
意外と手ぶらのお母さんが多い

特に屋内では
貴重品の入った小さなバッグまで
置いたままのお母さんを見かける

肌身離さず身につけているのは
私だけ

しかもドイツの田舎では
日本の街角でよくみかける
キラキラ、かわいい、コンパクトなバッグを
持ち歩いている人はほとんどいない

周りを見渡せば背中にはリュックの
登山スタイルばかりの環境だったせいか

帰国後は環境が違いすぎて
何気ない外出時の小物選びにまで
色んなことを考えさせられる

よくもわるくも
かつて
こんなこと気にしたことあった?
ということにも気づくようになった

みえている世界はさほど変わらないのに
みえるものは圧倒的に増えた

これが海外育児後の戸惑いであり、
年齢を重ねたことを意味するのかもしれない

住む環境によって
服装が変わり
服装が変わると
意識も変わる

どうやら海外生活で
すっかり防犯意識が高まっていたようだ
という現実に気づく

かといって
すぐに行動を変えられるかというと
それはまた別問題

なんだか
視力は落ちているはずなのに
心眼は見晴らし良く感じる


*淡々と現実を受け止める、研妻哲学* 



外を知ると、中が違ってみえるから面白いのかもしれない




2021/02/01

ドイツの集合団地で物凄い騒音、住人がとった行動・研妻哲学385

老朽化が進むドイツの集合団地


住民たちの騒音対処法


旧東ドイツにある
とある集合団地のひと棟

普段からわりと
騒がしいエリアに

突如
これまでに経験したことのない
爆音が響き渡った

建物の下から上までを
突き抜けるかのような
物凄い音

建物のどこかを
工事しているらしいが
どこで作業しているのかは
わからない

我慢して部屋で
過ごしてみようかと
思うものの
部屋にいられないくらいの
騒音が鳴り響く

騒音にはある程度
慣れているので
ちょっとうるさいなと思いながらも
普段ならそのまま
部屋で過ごすのだけれど

この時ばかりは
「これはもう耐えられない」

そう思った私は
まだ赤ちゃんだったわが子を連れて
建物の外へ出ることにした

外と言っても
集合団地の敷地内

周りを見渡すと
どうやら同じように
外へ一時避難してきたと
思われる住人たちが
既にベンチに座っていた

このとき
どことなく安心感を覚えたのは
騒音に困っているのは
異国から来た赤ちゃんと母親だけではなく
現地の老若男女も同じなのだと
共通点を見つけたからかもしれない

古いドイツの集合団地での
耐えきれない騒音には
「外へ一時避難」と教わった
海外修行を振り返る

2021年2日1日、月曜日の記録


*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


引越しのその先に、まだまだ知らない世界が待っているようだ






2020/12/15

旧東ドイツの集合住宅、団地に住んでみた感想・研妻哲学337

ドイツで団地生活


日本人が外国人として属する社会的な層


海外で研究者修行する夫と一緒に
ドイツに数年間
住んだけれど、仕事柄
ひとつの家にとどまることはなかった

旧東ドイツから旧西ドイツまで
3カ所以上の住まいを渡り歩いた

中でも最も期間が長かったのが
ドイツの集合住宅、
いわゆる団地に住んでいた期間

夫婦揃って研究者である場合が多い
ドイツで、わが家は夫だけが
研究者で大黒柱だったので
住まいは家賃が安いところ選んだ

そうすると、
日本人を含む外国人(留学生含む)は
社会的な層でいうと
高齢者や貧困世帯と同じような
立場をとるようだとわかった

なぜなら
実際に住んだ旧東ドイツの団地で
高齢者や、
経済的な問題を抱えている世帯と
共同体として共に暮らしたからだ

午前中、保護者が
幼稚園や学校へ子供たちを
連れていく時間帯を過ぎてから
まだ赤ちゃんだったわが子を連れて
家の外へ出ると
歩いている人のほとんどは高齢者という
地域だった

巨大な集合団地だったので
その大きな団地のくくりの中に
(敷地内と言ってもいいのかもしれない)
小学校も併設されていた

つまり
この団地に住む子供たちは
同じ層の子供たちで構成される
小学校へ通うことになる

ドイツでは小学5年生になると
大学進学するかなど
自分の進路を決めなければならない

となると
将来のだいたいの想像がついてくる

その学校のすぐ近くには
移民向けのドイツ語コースを
開講している小さな語学学校や
高齢者施設もある

ここでは団地の老朽化が問題で
住んでいた部屋から
一本道を挟んだ隣の棟は
立て直し工事が行われていた

団地暮らしは、騒音との共生でもある

特にドイツは日曜大工大国でもあるので
常にどこかの部屋で
何かをつくる物音がしていた

しゃべり始めた頃のわが子も
「なんの音?」と、よく言っていた

それでも比較的治安は安定していて、
むかいに住んでいたファミリーが
地下室の共有スペースに置いていた
電動ドリルが盗まれた他は
特に犯罪は起きなかったと記憶している

上の階に引っ越してきた
移民ファミリーも
段差でベビーカーを持ってくれるなど
言葉はあまり通じなくても優しかった

そもそも部屋の外へ一歩でれば
音が筒抜けなので
その建物の構造自体が
防犯の役割も果たしていたように思う

2020年12月15日、火曜日の記録




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



慎ましい生活は防犯対策になるかもしれない









2020/10/05

私が出会ったアゼルバイジャン人の教え・研妻哲学266

ドイツで出会ったアゼルバイジャン人に教わったこと


ドイツ生活の思い出


現地の大学のドイツ語コースに
ゲスト学生として通っていた当時

放課後に個人で
ドイツ語を教えてくれる
大学図書館員の女性に
運良く出会うことができた

私が日本語クラスを受け持っていた
大学の学生組織、学生カウンシルで
その女性はドイツ語を教えていた

まだドイツ1年目で、
もてあましていた時間を利用して
そのクラスにも通うようになった

ある日、そのドイツ語クラスに
アゼルバイジャンから来た
留学生が加わった

その学生は大学院に通っているけれど
授業が英語で受けられるコースのため
大学でドイツ語を使う機会は少ない
という話だった

それでも卒業後にドイツで
職を得ようと思ったら
ドイツ語は必須になる

そのため
ドイツ語を猛勉強しているという

そんな留学生と
たまたまクラスに向かう途中の
交差点でばったり会ったときのこと

クラスが始まる時間が迫っていた

昔は馬車が駆け抜けた石畳の続く
車通りの激しい交差点の歩道で、
赤信号を見つめながら
一緒に信号を待つことになった

遠くから車のクラクションが
時折聞こえてくる

秋の風を受け流し
早く青信号にならないかと
気持ちが焦る私に向かって
アゼルバイジャンから来た学生はこう言った

「時間を守ることより、自分の身を守ること」

そんな思い出の一瞬を振り返る
2020年10月5日、月曜日の記録



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



異文化の背景を知ると、もはや異文化ではなくなるかもしれない








2020/08/05

研妻哲学205・ベルリンに集う人々から、安全な奴隷と危険な自由を考える

ベルリンの人々

世界はコロナ禍

たまたまドイツのニュース映像が
目に入った

ネットのニュース映像を
テレビの画面に映していたら
ベルリンの様子が流れてきた

ベルリンの中心地

ウンター・デン・リンデンと
書かれた道路標識

ブランデンブルク門周辺

そして
マスクをしない人々が
大勢、至近距離で
比較的穏やかに集まっている

働く警察官の後ろ姿も
共に映し出された

ドイツ生活で張りつめていた
私の心を癒やしてくれた
ベルリンの街並みを
こんなかたちで再び
眺めることになるとは
全く予想していなかった

このニュース動画を
日本の自宅で
小さい子供たちのお世話をしながら
横目で追いかけたので
解釈に誤謬が交じっている
可能性は大いにあるけれど

おそらく一言であらわすと

「安全な奴隷より、危険な自由を求む」

という人々の強い思いが
絡み合った結果だろうと
推測できる

日本のメディアでは
見かけないニュース

あくまでも個人目線で
思ったことを書く

ドイツと日本の
決定的な違いのひとつに
宗教的背景が挙げられる

言ってみれば
ドイツはもともとの生活に
いささか宗教的な制限が存在する

たとえば
日曜日はスーパーが閉まるため
食料品の買い物に制限があるとも言える

ほかには
静寂にする時間帯が
決められている地域も多いため
掃除機や洗濯機の使用にも制限がある

仕事を休む義務をきちんと守るため
もともと休日が多い
ということは、仕事時間にも
制限があることになる

飲食店の営業にも
たしか細かい決まりや制限が
あったように記憶している

一見なんともないように見られがちな
これらの制限は
実際に生活してみると
思った以上に心を圧迫してくる

ましてや
日本の自由な生活を
知っている日本人にとっては
慣れるまで時間がかかる

実際に日本を旅したドイツの知人は
日曜日も買い物が楽しめて
日本は自由だと言っていた

今回のベルリンのニュースは
自由な国の日本からは
想像できないような人々の
嘆きでもあるように感じる

一方で、
ドイツで暮らしていた頃の
いくぶん制限のある暮らしを
思い返すと
今回ベルリンに集まった人々の
気持ちを理解できる部分も
多少うきでてくる

コロナ禍以前から
制限に囲まれた
いわば窮屈な生活をしていたら、
新たに制限が追加された生活を
さらに続けることは耐え難く
危険と隣合わせでも
自由を求めたくなる気持ちが
わきでてくるのだろうと想像がつく

2020年8月5日、水曜日の記録



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


人類の手によって作られた制限が、一周まわって人々の首に手をかけるようになったのかもしれない





2020/05/16

【研妻哲学124】海外移住。一晩で手に入れたものを一晩で失い、一皮むけた

海外移住で一皮むけた話

研究者の夫と海外で生活していたとき

家財道具を一切持たずに海外移住した

まず最初に研究施設を通じて
なんとか手配できたのは、
古くてボロボロのゲストハウス

最初の1年ほどお世話になったあと、
運よく部屋を引き継いでくれる
夫の同僚があらわれた

いよいよゲストハウスに別れを告げ
引き継ぐ部屋へ引っ越す当日

引っ越し先の部屋に着くと、
夫の同僚が残していった家財道具一式が
出迎えてくれた

ついでに日本人だったら考えられない
くらいの量のゴミもたんまり残っていたが
これは文化の違いとしてすぐに
受け入れることにした

こうしてその日まで自分たちのものでは
なかった家財道具一式を、一夜にして
手に入れたのだ

その日まで散々他人のものとして
認識していたものが、一式そろって
自分たちのものになるというのは

なんとも不思議な感覚だった

自分のものと他人のものの区別って
そもそもなんなんだと考えさせられ、
そもそも人は何も持たずに
産まれてくることにまで考えが及んだ

ここで一時この思考を停止させ

部屋も一気に広くなり、
片づけや掃除をおえて、すっかり
自分たちの住まいだと言えるように
なった頃

深夜に突然、水道管が破裂したのである

寝室、浴室、台所、ダイニング、リビングルーム、
ゲストルーム、全ての部屋が浸水し、
この日以降、住めなくなってしまう

こうして一夜にして住む家を失った

一晩で手に入れたものを、一晩で失ったのだ

この出来事は、私たち夫婦にとって
一皮むけた経験となった



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


他人のモノも自分のモノで、自分のモノも他人のモノなのかもしれない




2020/05/03

【研妻哲学111】欧州の夏のような日本。海外ポスドク夫、家電なし生活の思い出

海外ポスドク夫と夏の思い出

最初の緊急事態宣言から26日目
日本全国の緊急事態宣言から17日目

気温が上昇し、春を通り越して
夏が来たような暑さの日本

まだ夏本番ほどの湿気がないので
ヨーロッパの比較的カラッとした
夏が思い出される

海外ポスドク研究者の夫に帯同して
ドイツで一番長く住んだ家には
冷凍庫がなかった

近所のスーパーで大きめのアイスを
買ったあとは急いで
食べきるしかなく、最後にドロドロの
アイスをスプーンですくっていたのも
今となっては良い思い出

当時ないものは冷凍庫だけでなく
電子レンジもない
トースターもない
炊飯器もない
テレビもない
という「ないない生活」だった

夏の暑い部屋で、お鍋をぐつぐつさせて
吹き出る汗と一緒に溢れるお湯を眺めながら
お米を炊いたこともある

妻の私は早く日本に帰りたかったので
いつ日本に帰ってもいいように
物をなるべく持たないようにしており
家具家電は揃えていなかった

この時はいつ日本に戻って生活できるか
未定で、1年後になるかもしれないし
2年後、または3年目以降になるかもという
状況から、常に仮の住まいに身を置く生活

家電は必要最低限のまま暮らす方が
身動きがとりやすいと判断し
不便でもさほど苦には思っていなかった

冷凍庫、あったらいいなーくらいの
軽い感じでいる方が現地に縛られず
精神的にも気楽に過ごせた

きっと真逆の人もいるだろうが
私の場合は根無し草スタイルの方が
居心地よく感じていた

早く日本に戻りたいけれど
海外で頑張る夫について現地での
生活をまっとうしなくては、という
心の負担を、物を持たない生活に
置き換えることで、少しでも心の重荷を
軽く感じたかったのだろうと思う

私なりのバランスの取り方だった

その頃に比べれば今は自粛とはいえ
エアコンと炊飯器が欠かせない日本で
かなりまともな生活が送れている

日本で新たに借りた家で
海外修行時代にエアコンがなく、
ただただ暑さに耐えていた日々を
懐かしく感じながら
エアコンの掃除を始めた夫

そんな夫を横目に私は
子供たちの相手をしながら
ダイニングテーブルを片付ける

折り返し地点に来た
ゴールデンウイーク中のわが家の1日は
こうしてまた過ぎていく

日本の今住んでいる土地の
夏のうだるような暑さが
今からちょっと恐ろしくなる
2020年5月3日の記録




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


不便や物足りない生活の捉え方は人それぞれかもしれない






2020/04/05

【研妻哲学83】ニーチェが歩いた、ドイツの町を歩いた感想

ニーチェとライプツィヒとワイマール


哲学者ニーチェは、ドイツ
ライプツィヒ大学でも学び
ワイマールで生涯に幕をおろした

この2つの町は、私もよく通った町であり
何度か訪れては、散策を楽しんだ町であるが

ライプツィヒといえば作曲家バッハで、
ワイマールといえば文豪ゲーテであるため
この二人の影に隠れたニーチェは
現地では非常に目立たない存在であった

ライプツィヒに降り立てば、色鮮やかな
バッハの旗が風に靡き、教会に入れば
バッハが描かれた美しいステンドグラスが
出迎えてくれる

ワイマールに降り立てば、広場の
目立つところにゲーテの立派な銅像が
置かれていて、晴れた日には大勢の
人々がその銅像の前で記念撮影を楽しみむ
さらに進んでいくと、庭付きの
ゲーテハウスで優雅に私たちを
出迎えてくれる

ライプツィヒとワイマール
どちらもニーチェのニの字もないが
ニーチェは確かにその町にいた
その町で呼吸をしていた

さらにはピアノの超絶技巧でも有名な
作曲家リストもワイマールに縁があり
リストの娘とニーチェは実際に
面識があるのだが
これもまたほとんど知られていない

ドイツでニーチェが隠れキャラ状態である
理由は、ドイツの歴史とニーチェの不遇を
知る人なら察するだろう

私が感じた町の様子は、私の目や耳しか
感覚できないように
一緒に行った家族が感じた町の様子は
家族それぞれが持つ五感でしか感覚できない
全く同じ感覚を持つには、
全く同じ目や耳が必要になる




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



同じ感覚を持たないから、対話の深みがますのかもしれない








・参考文献
書名:ニーチェ ツァラトゥストラ/NHK「100分de名著」ブックス
著者:西 研
出版社:NHK出版
発行年:2015年







2020/03/25

【研妻哲学72】海外で妊娠中に緊急入院。帰国を断念

海外妊婦生活、緊急入院


研究者夫がドイツ留学していた頃
二人目を妊娠し
酷いつわりに苦しんでいた

身も心も追い詰められて
夫以外の手助けもほしくなり
安定期がすぐそこまで来ていたので
一人目の子供と一緒に、日本に帰り
里帰り出産しようかと
日本での生活を想像して過ごしていた
つわりで気持ちが悪いなかの
唯一の楽しみであった

そんなある日、家の水道管が破裂して
その日以降、住めなくなってしまう

急きょ町外れにあるホテル暮らしを
余儀なくされ、浸水した部屋を
片付けるためホテルと往復する生活

つわりで吐きそうになりながらも
様変わりした住み慣れた部屋の中を
無理のない姿勢で
できる範囲で片付けていた

遠いホテルに滞在しながらも
水浸しの家から新しい家に
なんとか引っ越せることになり
事前に移動しやすいよう
ホテルをチェックアウトして
新しい家の近くに住む友人宅に
泊まらせてもらうことになった

バタバタと荷物を運びおえて
一人目の子供と友人の子供を
遊ばせていた矢先
妊婦の私に訪れた予期せぬ出血

どうやって病院に向かったのか
覚えていないが、慌てて医師に
診てもらったところ
今日このまま帰らせることはできない
と言われてしまう

緊急入院することになり
頭の中が不安で埋め尽くされる

引っ越し当日に立ちあえず
荷物の選別や掃除もできず
周りに迷惑をかけた
つわりをいいことに掃除を
疎かにしていた薄汚れた部屋の
掃除を、友人家族が手伝ってくれた
と後になって夫から聞いた
恥ずかしいやら、情けないやら
申し訳なくて、ありがたい気持ちだ

その後もたまに、
今でも何か必要なものが出てくると
「あの家に置いてきてしまった」
と思い返すことがある

入院中は大半を泣いて過ごし
どん底の気分を味わった
退院後も再び出血しないように
しばらく寝たきり状態が続いた

寝室の天井を見つめながら
いつもなら思いつかないようなことも
頭に浮かぶようになってしまい
普段の精神状態ではいられなかった

日本での出産を諦めて
現地で出産することになった





*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



奇跡に遭遇する場所は、絶望の淵かもしれない






2020/03/17

【研妻哲学64】ドイツ移民生活。自宅のトイレで傘をさした日

ドイツで日本人家族の移民生活


日本からドイツに引っ越して1年が
経つ頃の話

一般的に1年以上生活すると
移民という枠に含まれるらしいので
わが家はドイツで生活する
日本人移民家族といえる

当時住んでいた小さくて狭い
ゲストハウスから
旧東ドイツの古びたマンションへ
引っ越すことになった

研究者夫の外国人同僚が
他へ就職することになったので
部屋を引き継いでくれる

荷物の出し入れを終えて
夫の同僚が残していった物を片付け
やっと自分達の部屋だと
実感できるようになった

そんなある日
トイレに入ろうとドアを開けると
天井から水が落ちてくる

ポタポタよりも激しい流れで
壁や床も濡れてしまっているし
便器の場所にも
結構水が落ちてくるので
仕方なく玄関に置いてあった
傘を持ってきて、さすことにした

後にも先にも
自宅のトイレで傘をさしたのは
この日だけ

上の階にはドイツでも日本でもない
国からはるばるやって来た移民家族が
住んでいるので
この水はおそらくそのファミリーの
部屋から流れ落ちてきているはず

そう思いながらも
まだ挨拶くらいしか交わしたことのない
間柄に加えて、ドイツ語の壁もあり
直接言いに行く勇気はでなかった

後日、不動産屋を通して事情を知った
旧東ドイツの配管がわからず
洗濯機の排水ホースを間違ったところに
さしていたことが原因だった

国が違えば言葉だけでなく文化も違う
なかなか正しいホースの差し込み口を
周りに聞けなかったのだろうと想像できる
異国の地で健全な精神状態では
なかったのかもしれないと想像できる




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


相手のことを思いやるとき、距離感があるほど想像が膨らむのかもしれない




2019/02/06

ドイツの助産師直伝!産後におすすめのハーブティー

ドイツで2回出産をし、2回とも同じドイツ人助産師さんに産前産後のケアをお願いしました。


助産師さん(ヘバメ)による妊婦・新米ママのケアについては過去のブログでも何度か触れていますが、今回は


産後にオススメのハーブティーについて



ドイツと言えば、もともとハーブティーが有名で、近所のスーパーに行ってもたくさんの種類が置かれていますが、中でも産後にいいのはこの3つ!


  1. カモミール
  2. フェンネル
  3. 授乳ティー


1つ目のカモミール(産院ではカミーレン・テーで通じます)は、子宮の収縮を促す作用もあり、産後の精神安定にも良いそうです。

2つ目のフェンネル(ドイツ語も同じ)は、腸の働きを良くすると言われており、妊娠中から産後までずっと飲めます。

ドラッグストアなどでは赤ちゃん用のBIO(オーガニック)フェンネルティーも売られているくらい、ドイツの親子にとって大変馴染みのあるハーブティーです。

3つ目の授乳ティー(ドイツではスティルテーで通じます)は、その名の通り、母乳の分泌にいいそうです。
私を担当してくれたドイツ人助産師さんは、オリジナルのハーブティーレシピを持っており、希望すれば薬局で調合してくれます。


日本では赤ちゃんにもハーブティーを飲ませるの?と疑問に思われるかたが多いかもしれませんが、ドイツでは一般的なようです。

少しでも何かの参考になれば幸いです。



2019/01/14

ドイツでドイツ語わからなくて得するコト

ドイツ語がわからないドイツ暮らし




日常生活において、ドイツ語がわからないと不利なことばかりです。


特に私が住んでいるような地方の田舎町ではその影響は大きくなります。


ところが、唯一ドイツ語ができなくて得すること(語弊があるかもしれませんが)を発見しました。


それは、【ダイレクトに専門家に繋いでもらえること】です。



もちろん毎回ではありませんが、


たとえば


銀行窓口の担当者がドイツ語しかわからず、こちら側が英語しかわからないとなると


英語の話せる上司を呼んでくれて直接説明を受けることができて話の須澄が早かったり、


子どもの急な体調不良で救急の小児科へ電話すると


看護師はたいてい英語がわからないため、直接医者に繋いでくれたり(もちろん担当者にやって対応は変わりますが)


直接医者に質問できるのは二度手間にならず効率的。


どちらもめったにある事ではありませんが、こんなこともあるのかという一例のご紹介でした。


もちろん、ドイツ語ができれば受け取る情報量も増え、


ドイツ(特に地方の小さな町)に住むのであればドイツ語ができるに越したことはありませんが


各分野の専門家はたいてい英語が話せるというのは大変ありがたい環境です。


しかもドイツ人の英語は日本人にとって聞き取りやすいので助かります。


2019/01/08

税務署にて収入クラスの変更申請inドイツ

夫(ドイツで直接雇用)のお給料から予想以上に税金が引かれている月がありました。


インターネットで調べてみるものの、どうもおかしい。。。


という事で夫の勤務先の手続きを助けてくれるスタッフの方に相談し、この方と3人で町の税務署へ行ってきました。


予約はできないから、営業時間内に行きましょうと言われ、10時すぎに行ったらカウンターが並ぶオフィスはガラあき。


カウンターでパスポートを渡して早速詳細を調べてもらうと、なんと私の収入が夫並にある設定がされているとのこと。


もともとフルタイムの仕事は東京を離れるときに辞めてきたし、ドイツではフルタイムの仕事はしていなかったので謎はつのるばかり。。。


通訳をしてくれる夫の同僚に助けられ、簡単な書類に個人情報を記入して無事に税金(収入)のクラス変更ができました。


登録の変更はこれで完了ですが、


多く引かれてしまった税金を取り戻すには、翌年自分で申請する必要があるそうです。(うっかり忘れてしまいそう・・)


オフィスでの滞在時間はほんの数分でしたが、帰る頃にはカウンター前に順番待ちの長い列ができていたので、お昼は混むのかもしれません。


2019/01/04

新年よろしくお願いします&ドイツ人のエコ意識

あけましておめでとうございます。

2019年もよろしくお願い致します!


年末はスーパーが激混みだったり、年越しは花火がすごかったりで大変でしたが、皆さまはどのように過ごされたのでしょう。


わが家は年末年始をドイツの自宅で過ごしました。


長いと思っていたクリスマス休暇があっという間に終わり、夫は仕事へ、子どもは登園して家の中が少し落ち着きを取り戻しています。


そんなこんなでブログ更新を。


ドイツに住んでこの時期思うことをひとつ。


エコにうるさいドイツ人ですが、役目を終えたクリスマスツリーはあっさり大量に捨てますよね。


このツリーは市販のため造られたものではなく本物の木。


しかも道路というか歩道に木をポイっと裸のまま捨てるので、回収前だと歩く時にかなり邪魔。


回収日は道にずらーーーっと飾りのないクリスマスツリーが並べられて捨てられている状態。


なんだか木が可哀想(日本人的発想)というか、ちょっとセンチメンタルな気持ちになることも。


プラスチックやアルミなどの使用には敏感なのに、木はいいんでしょうか。。。


エコの視点から森林伐採を問題提起するドイツ人がいてもおかしくないですよね。


本物の木を毎年買って飾り付けるのもいいですが、何回でも長年愛用できる市販ツリーがもっと出回っても良さそうなものです。


少し話題にはなっているようですが、ドイツ人のエコ意識で謎な部分です。




新しい年が笑顔で溢れますように。


2018/12/23

ベルリン中央駅で年越し!花火対策、ホテル、門

大晦日のブランデンブルク門とベルリン中央駅での年越し花火、ホテルについても。



ベルリン中央駅で2018年を迎えてからもうすぐ1年。


大晦日にブランデンブルク門を訪れた時の様子や、年越し花火をベルリン中央駅付近の道路沿いで見学した際に感じたことを書きます。


まずは大晦日のブランデンブルク門から。


大晦日は花火解禁の日。


ベルリン中央駅から歩いてすぐのところにあるホテルを予約し、電車でブランデンブルク門へ移動しました。


門付近へ到着すると、花火を打ち上げて良い時間(夕方~)が決まっているにも関わらず、その時間になる前からあちこちで既に花火をしている人達がいました。


年越しの花火のどんちゃん騒ぎに巻き込まれたくない場合は、明るい時間帯で切り上げることをおすすめします。


ちなみに普段は門の下を通り抜けられますが、大晦日のこの日は大きなトラックやステージ、フェンスなどで仕切られていて遠回りする必要がありました。


ライトアップされた門を見るのが初めてだったので、良い思い出にはなりました。


次に年越しカウントダウン花火inベルリン中央駅



ベルリン中央駅のインターシティホテルの部屋に夫と子どもを残し、23時半頃にホテルの前で友人と合流。


花火が見える大通り沿いへ移動。100メートルくらい歩きました。すごく近かった記憶があります。


広場の中に行く勇気はなく、火花が飛んで来なそうな場所で待機することにしました。


寒い中、花火を打ち上げる人々を横目に穏やかに過ごしていましたが、年が明けると同時に花火の盛り上がりがピークに!


なんと安全と思っていた私達の所にまで火花が飛んで来て友人のタイツに小さな穴があいてしまいました。


その後来た道を戻り、ホテル前でしばらく話し込んでいると、花火を終えた黒い服の集団が続々とロビーに入っていきます。


年越しの際に近くで花火を打ち上げていた集団でした。


どうやら同じホテルに滞在するようです。


肌は露出せず、黒っぽい厚手で多少光沢のある生地に身を包み、いかにも「花火打ち上げまくるぞ!」という格好に見えました。



花火対策


ベルリンで年越し花火を外で観る人は、こんな黒い集団から30メートル以上離れると火花が飛んでくる可能性がぐんと低くなると思います。



ホテル


滞在先としてインターシティホテルを選んだ理由は、電車やバスの無料乗車券がもらえて便利だからです。


中央駅すぐというアクセス便利の好立地に加えて、公共の乗り物のチケットをいちいち買わなくて済むのは、田舎から観光するにはとても好都合です。


小さい子どもと一緒だと、駅の券売機を操作するだけで一苦労だったり


カードが使えれば良いですが、現金で購入してお釣りがでないなんてこともあったりするので、ベルリンの中心地に用事がある際は比較的このホテルに滞在することが多いです。


2018/12/20

ドイツ、移民女性の出産事情

ドイツで出産した移民の立場から、ドイツ移民女性の出産事情について触れていきます。


1年以上住んでいると移民と定義されるようなので、わが家は移民としてドイツに住む日本人家族ということになります。


国際結婚であれば配偶者にドイツ語能力が求められ、ある一定以上の語学習得が必須なようですが、研究者家族の場合、ドイツ語能力は求められません。


そんな背景もあり、何年住んでもドイツ語は苦手なまま。ついつい英語で凌いでしまうため、言葉の壁は健在です。


言葉、文化、気候など、あらゆる面が母国とは異なる環境で、逞しく出産する移民の女性たち。


ほんの数年前は産科で移民と思われる女性を見かけることはほとんどありませんでしたが、最近はよく見かけるようになりました。


2015年をピークに大量の移民を受け入れ、2019年を目前に控えた現在は、当時受け入れた移民の女性が出産するケースが増えていることを肌で感じています。


私の知る移民女性は、ほとんどドイツ語がわからない状況の中、家族に支えられて出産しました。


出産、産後の入院中はナースや助産師とドイツ語でのやりとりが必須になりますが、病院スタッフは片言のドイツ語しかわからない新米移民ママの対応に慣れています。


新生児を抱いた相手に長い文章が伝わらないとわかると、重要な単語を大きくゆっくり発音し、身振り手振りで優しく伝えます。


手続きなど、どうしても詳細を確認する必要がある場合には、家族の中でドイツ語がわかる人に通訳をしてもらい、対応していました。


何よりも感心したのは、病院スタッフの対応能力の高さです。


ドイツ語能力が低い相手でも、それが当たり前であるかのように、非常に慣れた様子で対応するのです。


慌てる様子などは一切ありません。


田舎町ではドイツ語ができないと冷遇される場合もあるので、この産科のアットホーム感は新鮮でした。


私も実際に言葉の壁がある中での出産を経験していますが、この新米ママの移民女性の逞しい姿から、「異国で出産するのは自分だけじゃない」「1人じゃない」と勇気をもらいました。


私自身も含め、様々な事情で母国での出産ではなく、ドイツで出産することになった移民女性。


そんな女性たちを受け入れる体制がある程度できあがっているドイツ。


色んな意見がある中、移民の立場としては有難い体制であると言えます。


ドイツの忘年会は毎年クリスマスマーケット

ドイツでの忘年会は、毎年クリスマスマーケットで行われます。


日本の忘年会のイメージとは多少異なり、単純に皆で集まってクリスマスマーケットを楽しみます。


夫の場合、毎年12月の仕事納めの前に、上司や同僚とクリスマスマーケットに行くのが恒例行事となっています。


集まる当日は普段通りに仕事をして、夕方に一度帰宅。


家で軽く夕食を済ませてからクリスマスマーケットに飲みに行きます。


そして移動も含めて2時間くらいでさくっと帰ってきます。


クリスマスマーケット自体が21時には終わってしまう背景もあり、皆で軽く飲んだら割りとすぐにお開きとなるようです。


日本のお正月休みにあたる約2週間のクリスマス休暇が始まるため、もうすっかり冬休みモードのドイツです。


2018/11/29

子連れ!ドイツ田舎町のクリスマスマーケット

ドイツ、田舎町の中心地で開催されているクリスマスマーケットに子連れで行ってきました。



毎年似たようなお店が並んでいるのでそろそろ飽きてきますが、だんだん子どもが遊べる移動遊園地の乗り物が増えて、楽しくなってきました。


小さな子どもにオススメの乗り物は、

断トツで「汽車」です。


ただ、結構スピードが出るのと、飾りで設置されている池に氷が張っていたりするので、防寒対策をしっかりする必要があります。


わが子は動き出した直後は笑顔だったものの、スピードが結構でるので、その冷たい風にだんだん顔がこわばっていきました。


いや~寒い!


私も一緒に乗りましたが、とにかく寒い寒い寒い。。。


風が冷たかったのですが、周りの子どもたちは楽しそうに乗っていました。


大きな観覧車など、夜のイルミネーションは綺麗ですが、寒さで風邪をひかないように気をつけないと。。



2018/11/21

ドイツ流クリスマス・アドベントの楽しみ方

ドイツ人に聞いたドイツ流クリスマス・アドベントの過ごし方についてです。



まずはドイツでのアドベントの過ごし方について。



ドイツではクリスマス前の4週間はAdvent(アドベント)待降節の期間となり、町の様子や家庭での過ごし方が普段とちょっぴり変わってくるそうです。


このアドベントは4回の日曜日を含むのですが、週末は家族揃ってマーケットでクリスマス用の買い物やホットワインといった季節物を楽しんだり、


日曜日にはお母さんは子どもたちと家でPlätzchen backen(プレッツヒェン・バッケン)などと呼ばれるクッキーやケーキを焼いたりして準備をします。


そしてアドベントの日曜は家に四本のロウソクを飾り、毎週1つずつ火を灯してクリスマス当日を楽しみに待ちます。


子ども達はアドベントカレンダーに入っている小さなお菓子を毎日楽しみに過ごすようです。


待ちに待ったクリスマス当日


子どもたちはアドベントの日曜に作っていたお菓子を祖父母に配ったりして家族の時間を楽しみます。


ドイツでクリスマスは以下の日を指します。
12/24 Heiliger Abend 聖なる夜
12/25 Erster Weihnachtstag ヴァイナハテン1日目
12/26 Zweiter Weihnachtstag ヴァイナハテン2日目


ドイツ国内でも地域によって差はあるかと思いますが、クリスマスプレゼントは12/24の夜に開けて、12/25、12/26は家族でのんびりお肉料理などを食べながら過ごす家庭が多いようです。


この期間はお店の営業も休日モードになるので、ちょっと注意が必要です。


ちなみにそれぞれの日付の名称に「クリスマス」の文字がどこにもありません。


個人的な感覚ですが、ドイツ人はアメリカ流クリスマスに嫌悪感を覚えているように思えます。


というのも、私が「クリスマス」という言葉を使うと、「あ~それはアメリカのもので、私たちはクリスマスという言葉も使わないし、そもそも違うのよ」という姿勢で返されるからです。


クリスマスではなく、あくまでもWeihnachten(ヴァイナハテン)だそうです。。。


そしてアメリカ流クリスマスでよく見かけるターキー「七面鳥」ですが、ドイツでは七面鳥ではなくてGans(ガンズ)「ガチョウ」をよく食べるそうです。



以下はドイツのクリスマスに関するドイツ語の補足です。


【補足1】アドベントに関するドイツ語は以下の通りです。


der Advent アドベント
Die Zeit vor Weihnachten クリスマス前の期間
Ankunft Christi キリストの降臨

(キリスト教ならではの風習)



【補足2】以下はクリスマスに関するドイツ語(単語と歌)です。



まずは単語(意味は英語と日本語両方書いています)です。

die Kerze, (複数はKerzen) = candle キャンドル、ロウソク
der Weihnachtskranz = Christmas wreath クリスマスリース
der Weihnachtsbaum = Christmas tree クリスマスツリー
der Weihanchtsschmuck = Christmas ornament クリスマスの飾り、オーナメント
schmücken = decorate 飾る(動詞)
der Weihnachtsmann = Santa Claus サンタクロース

キャンドル以外は男性名詞が多いです。



そしてアドベント中にドイツの子どもたちが口ずさむ歌の歌詞はこちら。


Advent Advent
Ein Lichtlein brennt
Erst eins, dann zwei, dann drei, dann vier und dann steht der Weihnachtsmann vor der Tür.

歌詞の意味は、毎週ロウソクを1本ずつ灯してついに4本目になると、ドアの前にサンタクロースが来てくれるという可愛らしい歌です。


2018/11/20

[ドイツ語]年内最後のドイツ語授業で教わった年末年始の挨拶

年内最後のドイツ語授業で、年末年始の挨拶を教わりました。

(現地のドイツ語コースに通っていた時の備忘録)


今年もクリスマスマーケットの時期がもうすぐそこまで来ていますね。


ドイツ語での挨拶を、「クリスマス期間」「年末」「年始」の3つにわけて学んだので、記録しておきます。


クリスマス
Frohe Weihnachten! (フローエ ヴァイナ(フク)テン!)

意味:メリークリスマス!


年末
Guten Rutsch! (グーテン ルトゥシュ!)

意味:よい年末(から年始)を!


年始
Frohes neues Jahr! (フローエス ノイエス ヤー!)

意味:ハッピーニューイヤー!



これらをひとつの文章にまとめると、以下のようになるそうです。

Ich wünche Ihnen(Dir) frohe Weihnachten und einen guten Rutsch ins neue Jahr.

この文章は現地で実際に良く使われています。


ちなみに日本だと12/23が祝日(2019年から変わるようですが)のため、なんとなく12/23~12/25の3日間がクリスマス期間のように感じますが、ドイツだと12/26が祝日扱いとなり、12/24~12/26の3日間がクリスマスの山場となります。


この期間はクリスマスマーケットは閉まってしまうので観光の際はご注意を。


あと、「メリークリスマス」を私の周りでは「Schöne Weihnachten」と言うドイツ人が多いので、補足とします。