お知らせ

▼研究者を支える妻の会「研妻会」Webサイト

▼「研妻会」インスタグラム気まぐれ更新中

ラベル 対話記録 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 対話記録 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2020/06/08

研妻哲学147・言語が思考に与える影響。外国人が日本語を学ぶと?

日本語を学ぶと、行動が変わる

家事や育児の合間に、
ライフワークを通じて外国の人々と
オンラインで対話を重ねていくと
非常に勉強になることにでくわす

海外の人が日本語を学ぶことで
人を思いやる気持ちや、共感する
気持ちを学んだという

そしてそれが相手を喜ばせる
自発的な行動へと繋がった話を
聴かせてもらった

そのような考えに至る
素晴らしい人物だと
改めて敬意の念を抱くとともに

日本語特有の
空気を読む
言葉の力

日本人のおもてなし精神や
ホスピタリティの源に
触れられたような気分に浸った

海外生活では常々
言語を学ぶことは文化を学ぶことだと
感じていた

私の場合、学んだ傾聴の力を
外国の人々との対話で活かす際に
彼らにとって母国語ではない日本語で
話しを聴く場合と
日本語以外の共通言語で話を聴く場合とで
それぞれの言葉の力による影響を
少なからず受けていることに
気づかされる

まさに言語が思考に与える影響といえる

カウンセリング技法に関する
日本語で書かれた本を多く読み、
実際に合格した試験もあるけれど
それだけでは外国の人々と対話をする上で
本当に意図する意味合いを理解するには
まだ何か足りない点があると実感している

たとえば相手が日本人の場合と
そうでない場合、同じように言葉を
返しているつもりでも
言葉の届き具合が全然違うのである

その答えと自分なりの対応を探るべく
早速、傾聴に関する洋書を注文した
2020年6月8日、月曜日の記録



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


語学は行動を変えるのかもしれない





2020/04/04

【研妻哲学82】アルバイトを失った海外の大学生

バイト先が休業中の海外大学生

北米に住む大学生とオンラインで
対話したときのこと

その時間は本来であれば、飲食店で
アルバイトをしていた時間だったという

飲食店は政府から休業するよう
要請されており、
隠れて営業しているのが
見つかれば罰せられてしまう

そのためアルバイトを失った状況だ
フルタイム勤務の従業員には保証があるが
パートタイムの学生に保証はない

大学の授業は全てオンラインに
すでに切りかわっており
仲間と集まって語り合う機会もない

日本の飲食店が開いていることを知ると
それが非日常であるかのような反応だった

飲食店が営業していることが
日常だったのは既に過去の出来事となり
飲食店が営業していないことが
日常になった今を生きている学生

対話の最後に、私と話ができて
楽しかったと感想をくれた

新しい時代を、新しい日常と生きる
そんな学生は私に新しい学びを
与えてくれる先生のような存在でもある

学生の話を聴くうえで
過去の価値観が作り上げた肩書きは
そっと過去に置いておくことにしよう




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


こだわらず、とらわれず、しなやかに生きる

新しい社会の価値観は、もうすぐそこまで来ているのかもしれない






2020/03/26

【研妻哲学73】親子の対話で知る、子供の成長

親の心配と、子供の成長。対話の記録


遠方に住む祖父母になかなか会えず
近所の公園で遊んでばかりのわが子
たまにはいつもと違う大きな公園に
連れて行くことにした

母の私は久しぶりに両腕が筋肉痛になり
その痛みを騙しながら
この文章を書いている

公園に着くと
まだわが子には早すぎるかなと
思わせる大きなアスレチックがあり
そこで遊びたいと言いはる子供

わが子より大きな子供たちが
勢いよく遊んでいる丸太でできた
アスレチックの前まで来た

母は何本も重なる丸太の途中まで
行ったら引き返すように言った
まだ小さいわが子には
丸太を全部渡り歩いてその先にある
梯子をおりるのは困難だと判断していた

それでも
どうしても進みたいと言う子供と
丸太の上で親子の対話が始まった
「途中で戻ってきなさい」という
親の私に対して
子供がこう答えた

「やりたい事に
 最後まで挑戦するのが
 大事だと思う」

まさかこんなセリフが出てくると
思っておらず、この一言で
丸太のアスレチックを最後まで
やり抜くことを許可することになった

結局梯子のところで
多少親がサポートすることになるのだが
最後までやり遂げてしまった
子供はご満悦
自信に繋がったようだ

この時、私はある対話を思い出していた

海外生活中に現地の
スーパーマーケットで
買い物をしている最中
ヨーグルトを買ってとねだる子供
好きなものをひとつ選ぶように言うと
ふたつ持ってきた

母「ひとつって言ったけど、
  なんでふたつ持ってきたの?」

子「こっちは飲むヨーグルトで、
 「こっちは食べるヨーグルト」

つまり、ひとつずつと言いたいらしい

まるで一休さんのとんちのようであった




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


子供のとんちで、成長に気づくのかもしれない





2020/03/22

【研妻哲学69】あえてウイルスを話題にしないイタリア人

イタリア人と日本人の会話


欧州在住のイタリア人と
話す機会があった
こんな時期なのでもちろん
直接会ってはいない
インターネットを通じて会話をした

話題は仕事だけでなく、日常生活にも
及んだが、今世間をざわつかせている
非日常については一切触れなかった

正しくは、触れられなかった
話題にできなかったと
言うべきなのかもしれない

お互いがお互いの国の状況について
ある程度ニュースをみて知っている中で
こちら側から切り出すこと
話を深く聴くことが
時には鋭い刃になることを知っているから
私の方から話題にすることはなかった

聞くことによって
相手を傷つけたくなかった
もしかしたら
既に傷ついているかもしれない
相手の心に、さらに刃をかざして
よくない方向に流れることを
避けたかった

相手側からウイルスの話題を
切り出されたら
聞くための心の準備は
していたつもりだった
けれども、結局その話題に
ならなかったことで
どこか安堵している自分がいることを
認めなければならない

相手を思いやっているつもりが
自分を大事にしていただけなのかと
自分を疑いたくなる瞬間であったが
人の話を冷静に聴くには
自分にある程度余裕が
ある方がいいのは事実

洗練されたホスピタリティで
お客様をもてなす
一流のサービスパーソンも
そのホスピタリティを実現するには
自分にある程度余裕が必要だという

ふてくされたホテリエから
おもてなしの心を感じるお客様は
おそらくいないだろう
お客様を笑顔にするのは
ホテリエの心から生まれる
笑顔だったりする

こんな時期に心に余裕を持つのは
容易ではないけれど
自分に近い、親しい相手ほど
冷静に話を聴くことが難しくなるもの

大切な相手ほど、接する際に
心に適度なスペースを
確保しておくことを心掛けたい

自分を戒める言葉としても繰り返すが
大変な時こそ、大切な人と、
近いけど絶妙な距離がある状態を
意識して過ごしたい
そのすごく微妙な長さの
心の小道を、相手を思いやる気持ちが
歩いて来てくれるはず

多くの人々に癒しを与え続けている絵画も
近すぎると何が描いてあるのか
よくわからないもの

相手のことがわからなくなって
心がざわつき始めたら
それだけ心を許した
仲の良い相手ともいえるし
近すぎる合図とも捉えられる

思いやる気持ちが歩いて来られるように
心の小道を封鎖しないよう
気をつけていきたい

国境は封鎖しても、心は封鎖しない




*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


距離が近すぎると、相手のことがわからなくなってしまうのかもしれない


国境が塞がれても、心を塞ぐ必要はないのかもしれない