2020/09/19

本帰国後のとまどい。日本語を書く、聞く技能の衰え・研妻哲学250

帰国後の日本語問題


日本語が書けない、聞きとれない問題


バタバタと本帰国をして
すぐに子供の入園手続きを
開始した

ところが
入園書類を読み進めるも
なんだか日本語を読むことに
時間がかかってしまう

意味のわからないドイツ語を
一文字、一単語ずつ
丁寧に読んでいたせいか
どうやらその読み癖が
ついてしまったようだ

流し読みできていた日本語までも
一文字ずつゆっくり追ってしまう

しかも
子供の名前を漢字で書く機会も
ほとんどなかったため
そこでの小さなつまづきも感じていた

そんな戸惑いの中
さらに追い打ちをかけたのは
漢字

漢字を書くという動作から
何年も離れていたせいか
いざ、書こうと思っても
最初はなかなかうまく書けない

手が浮くような
漢字を習いたての
小学生になったような
変な感覚がつきまとう

そんな感覚を振り切るように
必死に日本語を書いた記憶がある

とまどいはそれだけではない

日本のスーパーの店員さんの言葉が
すんなり頭に入ってこないのだ

ドイツのスーパーのレジで
店員さんが何を言っているか
わからなかったのと同様の事態が
日本でも起こるとは

これはかなりの想定外の出来事

自分でもどうかしていると思った

けれども
やはり母国というだけあって
すぐに慣れる

最初はとまどったが
すぐに勘をとり戻した

そんなまごついた
本帰国直後を思い出させる
卒入学の季節到来

2020年9月19日、土曜日の記録



 *淡々と現実を受け止める、研妻哲学*



一時的に自分を見失うような出来事は、案外よくあるのかもしれない





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