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2020/05/25

【研妻哲学133】誰も私を知らないところに行って、実際に住んだ感想

誰も私を知らないところに行きたい

長い人生、時にはそんな風に
思う事もあるだろう

特に若い学生の頃は、そんな衝動に
駆られる人がいてもおかしくない

大人になり、家庭の事情で
実際に誰も自分を知らない
土地で生活をしてみると

理想と現実はだいぶ違うものだった

学生の頃は学生仲間がいたけれど
大人になるとそう簡単に仲間はできない
(できるまで時間がかかる)

当時まず最初にわき上がったのは
惨めな感情

私をよく知る人々が暮らす
日本を遠く離れ

海外の小さな田舎町に引っ越すと
私を知る人は誰もおらず

日本語も通じない

一気に何もできない自分と
出会うことになった

無力な自分
惨めな自分

普通の生活を営むことが難しかった

理由は、まずその土地のことが
よくわかっていないから

どこに行けば、何が買えるのか

ゴミの分別や捨て方も日本と違う

どの駅からどっちの方向の電車に
乗ればいいのか

バスに乗りたくても
チケット売り場がわからない

窓口やお店で言葉が通じない

そんな私の横を
楽しそうに連れ立って歩く
現地の人たち

晴れていても、私のところだけ
雨が降っているような感覚だった

外を歩いているときに
私の名前を呼び、声をかけてくれる人は
誰もいない

誰も私を知らない土地に来たのだから
仕方のないことだけれど
心はどんどん塞ぎこんでいく

誰も私を知らない土地に行きたいと
一瞬でも思った学生の頃の自分に
教えてあげたい現実

それでもこの経験に感謝している
2020年5月25日、月曜日の記録



*淡々と現実を受け止める、研妻哲学*


新しい土地に根をおろすのは苦労を伴うけれど、自分だけの花を咲かせることができるかもしれない





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